79.宣言する

「あの男のクビを刎ねろ! できなかった者は右目が破裂する! 傷ひとつ付けられなかった者は、妻子の右目も同じく破裂する!」


 ソドムの声に急き立てられ、先頭のドワーフが錆びた斧を振り下ろした。錆びついた斧がヒュウと唸りを上げる。さすがの技というべきか、その軌道はあやまたず俺の頸へ。


「ドワーフたち、俺の頸を切りながらでいいから聞いてくれ」


 斧が頸の皮膚を裂き、肉に、骨に食い込んでくる感触。


「俺はこれから、皆の後ろにいる騎士たち




 を殴る。ん、途中で頸を切られたせいで途切れたな。伝わったか?」


「な、な……!」


「【熾天使の恩恵】、起動。その粗末な斧で一刀両断するのはさすがだな。人間とは力の桁が違う」


 こいつらは、俺のスキルを全て知っているわけじゃない。少なくともこの治癒スキルを知らない。

 治癒スキルで瞬時に繋がった頸を見て、ドワーフも騎士も、最後方のソドムたちも唖然としている。


「バカな、アビーク領からはそんな報告は……」


「驚くのはいいが、俺はこれからそちらに向かうぞ。もう一度言う。俺は、これから、後ろの騎士たちを叩く」


 足を前へ。進み続けるドワーフたちとすれ違うように一歩ずつ。


「と、止めろドワーフども! 足を刻め! 目を潰せ!!」


「そんな回りくどいことをしなくていい。クビだ。俺の頸をはねにこい。そっちに列を作って順




 番にだ。また途切れた。順番だ、順番」


 俺の頸を切れなかったドワーフは右目が破裂する、というのなら話は簡単だ。全員に一回ずつ刎ねさせればいい。アルトラと戦ったときも似たようなことをやったから勝手は分かっている。


 俺はゆっくりと、あくまでゆっくりと騎士へと歩み寄る。


「あと十五人」


 まだ頸を刎ねていないドワーフを数える。


「あと十人。遠慮はいらない。これくらいは慣れている」


 騎士に迫る。

 ドワーフたちが俺の頸を刎ねるたび「ありがとう」「すまない」とささやくのが耳に入る。そう言いつつも剣筋の鋭さが衰えないのは、シズクの言っていたとおり暴れ馬がごとき一族の本能か。


「あと五人」


 もう目の前。


「全員終わり」


「ほ、本当に人間か、貴様……!?」


「なんだ、騎士団はヒト以外を殺す専門集団だろう。なのに人間かそれ以外かの区別ができないのか?」


「うぐ……!」


 計二十一回ほど頸を切られたものの、どうやら治癒は追いついたようだ。俺の頭と胴体は今も無事につながっている。背後からは、ドワーフたちが互いの右目が無事なことを確かめ合って喜ぶ声がする。


「とはいえ、さすがにこれだけ切り張りしたのは初めてだ。なあソドム、首の継ぎ目がズレていないか見てくれないか? ちょっと右に寄っている気がするんだが……ほら、見てくれよ。ほら」


「ま、待てマージ=シウ。来るな、来るんじゃない。分かっているのか? ここで軽挙に走れば騎士団すべてを敵に……いや、まず我々は同じ人間ではないか。争う理由などない。理性的な話し合いを」


「もう遅い」


 ここまできて話し合いで何か解決すると思うほど、俺は世間知らずじゃあない。


 神の豪腕を呼び出すスキルを起動する。不可視の六本腕が一斉に振りかぶった。


「【阿修羅の六腕】、起動」


「ひ……!」


「『叩け』」


 下っ端の騎士は十二人。自慢の赤鎧もろとも、六つの拳が二撃でもって床に叩き伏せた。弩弓の破片が宙に舞う。

 残るは、あえて残した隊長格の二人。こいつらには聞くことがある。


「ソドムともう一人は……ゴモラ、だったな。二人に話がある」


「く、殺せ!」


「痛めつけたとて口を割ると思うか、蛮族の長め! 騎士の誇りを舐めるな!」


 口だけでもそれが言えるのは大したものだ。腰が引けた大男などみっともないだけだが。


「意固地になられても困る。なら、こうしよう」


 俺は、ソドムの目の前に右手をかざした。


「何を……?」


「宣言する」


「宣言……!? 貴様も【偽薬師の金匙】を!?」


 そんなスキルは持っていないが、無くてもできることはある。


「宣言する。お前達は、ドワーフの娘の居場所を言う。言わなければ右腕が切れて落ちる」


「き、急に何を言っている? 暗示もかけずにそんなことを……へ?」


【亜空断裂】、起動。

 空間ごと切断するスキルは、音もなくソドムの右腕を床に叩き落とした。


「ぐああ! う、腕が!」


「切れて落ちたな。チュナルだったか、お前らが暗示をかけたあのドワーフと揃いじゃないか」


「な、なんだ今のは!?」


 どうやら【亜空断裂】についても詳しく伝わっていないようで好都合。そうなった理由に心当たりはあるが、それは後だ。


「宣言する。お前は今すぐに俺にドワーフの娘の居場所を教える。教えなければ目玉が凍結する」


「や、やめろ! やめろ!!」


「やめろと言われても、お前の目が勝手に凍るんだからどうしようもないな。右か左かくらいは選べるかもしれないが……」


「分かった言う! 言うから!」


 騎士団といっても末端はこんなものか。白鳳騎士団のあの団長の方がまだ大物だったろう。あるいは、紅麟騎士団をまとめているキルミージという男がこいつらを補って余りある器なのか。


「ま、マージ=シウ! お前が言っているのは白鳳騎士団から移された娘、のことだな? それで間違いないな!?」


「そうだ、その娘だ」


「それならここより二階下の地下牢だ!」


「……そこは、どういう牢だ」


「て、鉄のベッドがひとつあるだけの部屋だ。手足を固定する枷がついていて、そこに……」

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