78.【偽薬師の金匙】
「加えて『宣言する』! 奴の命が終わるまで、貴様らは足を止めることがない! 目からは大粒の涙を流し、命乞いしながら武器を振るう! さもなくば、己の右手より懲罰を受ける!」
「が、待っ、やめ、たす、が、ぎっ」
右手の暴走を左手で抑えようとしてもまるで歯が立たない。拳が裂けようが指が折れようが殴り続ける右腕にへし折られている。
「わかっ、た、やる! や……」
「ゴモラ、止め方を宣言していないのではないか?」
「おっと、そうだったな。おい、お前が勝手に殴っているのだから自分でどうにかしろ」
右腕は止まらない。いよいよ自力で止めるのは無理と悟った隣のドワーフが斧を振り上げた。
「ち、チュナル! 任せろ!」
一閃、チュナルと呼ばれた青年の右腕を切り落とす。骨の飛び出した右腕は床に落ちてようやく動きを止めた。
「気をつけろドワーフども。どうやら腕を切り落とす以外に助かる術が無いぞ?」
にやついた笑みを隠すこともしないソドム。ドワーフたちは返答もできず、チュナルの止血を終えても震えながら立ち尽くしている。
「ふん、ドワーフに人間の言葉は難しすぎたか。よいか、行け、と言っているのだ!」
後ろを詰める弩弓隊の弓がじゃきりと鳴る。
「騎士団とは国家の正義! 国を愛する貴族様が資本を投じ、お国に貢献するために我らを尖兵として使ってくださっているのだ!」
「その仕事を放棄するなど、お国への反逆! まさしく人にあるまじき所業!」
顔を赤くしながら、ゴモラはドワーフたちに問う。
「お前らの喜びはどれくらいだ?」
「よろ、こび……」
「努力もできず進歩もできない貴様らが、こうして正しい道を進める喜びはどれほどだ?」
「し、至上の喜び……文明の一端を担う幸せ……!」
「ならば、行け! 奴の
同時、ドワーフたちが前に出る。足の震えは止まり手はしっかりと武器を握りしめ、しかし顔には恐怖がありありと浮かぶ。
この現象はやはりスキルとしか思えない。何のスキルか分かれば対策も打てるはず。
ドワーフたちがじりじりと半ばまで進んだ頃、俺はひとつだけ思い当たるスキルに行き当たった。
「……暗示のスキル、か」
「ほう、気づくか」
「ああ、偶然だがな」
手がかりになったのは文献でも知識でもなく、狼の隠れ里での経験だった。
足を腫れさせたベルマンが、薬を求めてアンジェリーナの元へやってきたことがあった。一ヶ月ほど前だったろうか。
アンジェリーナは患部をじっと見つめ、棚から一本の瓶を取り出してベルマンに飲ませた。
「神銀鉱石とガマの魔物の体液、それにいくつかの少量元素を錬金術で精製したお薬です。金より高い秘薬ですが……。まあ、とっておいても仕方ないので飲ませてあげます。あとはあっちの部屋ででも休んでれば治るです」
たまたま居合わせたコエさんは手際のよさに感心したという。が、アンジェリーナはベルマンが出ていくとすぐに「探してほしい薬草がある」と言い出した。
「ベルマンさんはもう治るのでは?」
「あれはお豆を発酵させたただの汁です。新しい調味料になるかもと思ってるですが、腫れになんて効きゃしないです」
「なんと」
「人間、効くと思って飲めば塩水だって効くですよ。ああして症状を抑えつつ安心させて、その間にちゃんとした薬を作るです」
「なんと……」
コエさんが女衆に頼んで薬草を調達し、本当に効く薬が完成した頃には、ベルマンの足の腫れは半分近くまで引いていたという。アンジェリーナは「いくらなんでも効きすぎです」と呆れていたが……。彼女の言うことは正しかったわけだ。
そう、確か名前は。
「『
「ふん、無駄に小賢しいな蛮族の長め」
「キルミージ団長のユニークスキル【偽薬師の金匙】。きらびやかな黄金の匙で計れば、塩も麦粉もみな万能薬に見えるのだ」
そして薬と思い込めば薬になるのなら。その逆もありうるはず。
「俺の頸を落とせなければ、思い込みで目が破裂する。そういうことか」
「分かったところでどうする? さあ、もう目の前だ」
じりじりと進んできたドワーフたちの前列が今、俺の間合いに入った。武器を振り上げたとその顔からボロボロと涙があふれ出した。
「あ、あんた、頼む。逃げないでくれ。逃げないでくれ!!」
先頭の一人に続いて、後ろのドワーフたちが次々に口を開く。
「目玉がスイカみたいに膨らんでいくんだ」「世界が真っ赤に染まった」「解き放ってくれ」「耐えられない」「腕は俺に切らせてくれ」「逃げるな」「娘がいるんだ。まだ両目あるんだ」「頼む」「右足は俺に」「指一本だけ」「暗闇は嫌だ」「女房がまた痩せて」「逃げるな」「そこにいろ」「動くな」「そのまま」「俺の番まで」「逃げないで」「助けて」「頸を」「耳を」「鼻を」「目を」「腸を」「胃を」「肉を」「骨を」「心臓を」「脳を」「くれ」「少しでいい」「削らせろ」「切らせろ」「死んでくれ」
「どうするマージ=シウ。そのまま死ぬか? それとも自慢の防御スキルで見捨てるか? おっと、ドワーフを返り討ちにするって手もあったか」
ああ、なるほど、と。ゴモラの歪んだ笑顔を見て素直にそう思った。
「シズクを連れてこなくて本当によかったよ。覚悟は決まっていてもまだ幼い。ちょっと刺激が強すぎる。……ドワーフたち、俺の頸を切りながらでいいから聞いてくれ」
「何をしている! やれ!!」
「ぐ、ぐぅ……!」
ソドムの声に急き立てられ、先頭のドワーフが錆びた斧を振り下ろした。その軌道はあやまたず俺の頸へ。
「俺はこれから、皆の後ろにいる騎士たち
を殴る。ん、途中で頸を切られたせいで途切れたな。伝わったか?」
「な、な……!?」
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