77.ドワーフ忠国隊

「熱烈な歓迎でありがたいな」


 スキル【金剛結界】はいかなる攻撃もマナも通さない絶対防御結界。その遮蔽力は【潜影無為】の認識阻害を薄れさせ、防御とひきかえに姿が露わになった俺の前には、揃いの赤鎧で固めた十二人の騎士が列を組んで弩弓を構えていた。


「改めてヴィタ・タマへようこそ、狼人族の王マージ=シウ」


「まあ、人相書きくらいは回っているだろうと思ったさ。俺が尾行してくるのも織り込み済みか」


「それはお互い様でしょう。これ見よがしに亜人を連れ歩けば騎士団が捨て置けないことなどご存知でしょうに」


 見え透いた罠を仕掛けた騎士団に、それに乗った俺。


 要するに、どちらもさっさとことを進めたかったのだ。

 だから俺はシズクを連れ歩き、怪しまれる行動もとった。騎士団はいかにも友好そうに声をかけて尾行を誘った。


「話が早くて助かる」


「いえいえこちらこそ。それにしても見事な隠密スキルですね。きっと尾けてきていると読んで一斉射しましたが、射ってみて誰もいなかったら赤っ恥をかくところでした」


 面白くもなさそうに笑うと、キルミージは俺に背を向けた。


「ソドムにゴモラ。後はお願いします」


「はっ、必ずや拘束し全てを吐かせます」


「我らに全ておまかせを」


 俺のことは部下に任せ、自分の仕事に戻るらしい。なかなか忙しいようだ。残された大男二人がジロジロと俺を睨みつけている。


 俺にしてもここで足止めされる理由もない。さっさと抜けて用事を済ませることにする。


「ひとつ聞きたい。ここには、最近になって白鳳騎士団から移送されてきたドワーフの娘はいるか? おそらくアビーク領から来ているはずなんだ。頼む、教えてくれ」


「さぁ? どうだろうなぁ?」


「なるほど、いるんだな」


「ッ!」


 うっすらと顔に出た。カマかけだったが図星らしい。見た目通りというのもなんだが、キルミージに比べれば頭の切れは今ひとつか。


 おそらくここは紅麟騎士団にとって守りやすい場所なのだ。どこに隠そうが何で隠そうが、時間さえあれば俺は見つけだせる。むしろコソコソと隠しているなら護衛も手薄で簡単に突破できるだろう。

『だったら一番硬い場所に置いて、どうせ来るなら呼び込もう』といったところか。


「合理的な上官を持って幸せだな。それで、だ。いくら騎士団が精鋭といったところで、その十二人で足りるのか? 入ってきたドアも石製だ。閉じ込めるにしても強度が足りない」


 俺の問いに、ソドムと呼ばれた方が無駄に大声で笑う。


「カカ、安心しろ。戦うのはこいつらじゃない」


「もちろん俺たちでもない」


「なら、誰だ」


 ゴモラが手振りで指示すると、先ほどキルミージが出ていったドアがまた開いた。そこから入ってきたのは。


「我らが誇る、ドワーフ忠国隊だ」


「……ドワーフ、か。ここにもいたんだな」


 外にいたドワーフたちと違うのはひと目で分かった。薄汚れた服装、伸び放題のヒゲ。手には錆びだらけの粗末な武器が握られている。何よりの違いは、濁りきった右の瞳だろうか。

 左目は……全員が潰されている。


「俺は、マージ=シウは亜人の味方だから、傷だらけの亜人を差し向ければ黙って殺されるとでも思っているのか」


 あまりに安易な発想だ。そう言いかけた俺を指さし、ソドムが叫んだ。


「『宣言する』!」


 ドワーフたちの纏う空気が、緊張と怯えでピリリと震えた。


「あの男の頸を刎ねろ! できなかった者は右目が破裂する! 傷ひとつ付けられなかった者は、妻子の右目も同じく破裂する!」


「……破裂『する』?」


 不自然な物言いに思わず反芻した。


 罰として目玉を抉り出す、というなら残酷ではあるが理解はできる。

 だが『破裂する』という。


 まるで、あの数十人のドワーフのうち俺の首級をとった者だけが助かり、それ以外の目は勝手に弾け飛ぶ、とでも言っているかのようだ。


「常識で考えたらありえないし、ユニークスキルにしたって局所的すぎるが……」


 ガタガタと震えるドワーフたちの様子がただ事でないのは確かだった。出方を伺う俺に向け、ゴモラが愉快愉快とばかりにさらに叫ぶ。


「加えて『宣言する』! 奴の命が終わるまで、貴様らは足を止めることがない! 目からは大粒の涙を流し、命乞いしながら武器を振るう! さもなくば、己の右手より懲罰を受ける!」


「そんな、こと……!」


 自分の右手が自分を殴る。

 ますますわけが分からない中、若いドワーフの一人が小さく小さく呟くのが感知にかかった。


「戦うだけならまだしも、そんな卑怯なこ、ゴポ」


 彼の独り言は、自分の右手が口を殴りつけて途切れた。


「が、待っ、やめ、たす、ぎ」


 右手の暴走を左手で抑えようとしてもまるで歯が立たない。拳が裂けようが指が折れようが殴り続ける右腕に、左手も構わずへし折られている。

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