76.見えている罠

 鎧でありながら、頭を露出した奇妙な形状。腰にはこれ見よがしな直剣。その特徴を持つ組織を俺たちは知っている。 


 騎士団だ。

 赤い鎧を身に着けた騎士が三人。赤髪の優男が一人と禿頭の大柄な男が二人で、優男の階級が高いのだろう、大男たちが後ろで控えている。その姿にどこかアルトラとゴードンを思い出す。


「おや、珍しい。そちらのお嬢さんは狼人ウェアウルフですか。はじめまして」


「……はじめまして」


「いかがですか、このヴィタ・タマは」


「清潔でいい街、だと思う」


「それは良かった。亜人にとっても住みやすい街を自負していますのでね」


 一見して友好的。だが騎士といえば亜人狩りの専門集団である。俺の背中に回したシズクに、しかし優男はじっと見つめて微笑みかけている。


 キヌイを襲った白鳳騎士団は、たしか全員が白銀の鎧を身に着けていた。軍隊では部隊ごとに装備の色を揃えるのはよくあること。騎士団もそうなのだとすれば、赤鎧の彼らはおそらくは別隊の人間だろう。

 俺たちのことを共有されていないのか。人相書きくらいはあってもおかしくないと思っていたが……。そもそも亜人の敵であるはずの騎士団にしては態度も優しすぎる。


「申し遅れました。私は紅麟コウリン騎士団のキルミージと申します。困ったことがありましたら騎士団の屯所までお越しくださいませ。外からのお客様ですからね、おもてなししますよ。それでは」


 それだけ言うと、キルミージと名乗った男はさっさと帰っていった。大男二人もそれに続く。


「マージ、追う? 捕まってるドワーフの手がかりになるかもしれない」


「そうだな。ただ」


「罠です」


「ああ、罠だな」


 シズクの言う通り、騎士団を知るには騎士に接近するのが一番手っ取り早いだろう。だが物腰柔らかに見えても敵はあくまで騎士。そして騎士団はバカじゃない。


「俺の人相書きくらい回っていないわけがない。そうでなくても狼人ウェアウルフのシズクを連れ歩いて、町中で目立つ聞き込みをしてる人間を怪しまないわけがないんだ」


「そりゃ、そうだよね」


「騎士団だってバカじゃない。これは罠だ」


 シズクとアンジェリーナが黙って頷く。でも、と意見を挟んだのはアンジェリーナ。


「こんなミエミエの罠を張る意味とは? こんなのアレです、ハトにカゴかぶせるアレみたいなもんです」


「俺が心底舐められているだけ、という可能性を除くならだが」


 ハトにカゴをかぶせる罠に必要なもの。それはエサだ。思わず飛びつかずにはいられない、そんなエサ。


「亜人、だろうな」


 奴らにとってのマージ=シウは『亜人に与する反逆者』。そのエサに使うのは亜人しかない。

 ならば選択肢は一つ。


「俺一人で行く。特にシズクは危険だ。コエさん、アンジェリーナと安全そうな場所にいろ」


「でも……いや、分かった。待ってる」


「妃石のペンダントは身につけているな?」


「うん」


「よし。アンジェリーナ、狼人族の土地から離れた今、シズクの戦闘力は限られている。コエさんとシズクを頼む」


「合点承知」


 敬礼で返したアンジェリーナに頷き返す。


「コエさんは何かある?」


「行ってらっしゃいませ、マスター」


「ああ、後は頼む」


 必要なやりとりを済ませ、俺は思案を巡らす。騎士の後を追うといってもキルミージの技量は高い。普通に尾行しても気づかれるだろう。

 尾行には尾行に向いたスキルを使うべき。


「【潜影無為】、起動」


 メロから取り立てた【隠密行動】の上位スキル。見えていても見えない。聞こえていても聞こえない。そんな優位を得られるスキルだ。隠密行動や暗殺用のスキルとしては無二の性能といっていい。


「じゃあ、行ってくる」


 三人から返事はない。スキルが有効に働いている証だと確かめて、俺は二人の背中を追った。


 騎士たちは迷いない足で街の中心部へと向かっている。すれ違う通行人の数も次第に多くなり――中心近くほど人間が増えてドワーフは減るようだ――、鉱山から採掘された鉱物や、刃物や工具といった鉄鋼製品が売られる市場として賑わっているのが見て取れた。


 市場を抜けてすぐ、キルミージたちが入っていったのは小綺麗な二階建ての建物。キルミージと同じ赤鎧の騎士たちが闊歩している。紅麟騎士団とやらの屯所らしい。


 若い騎士たちが続けて現れてはキルミージに報告したり指示を仰いだりして去ってゆく中、四人目との会話が耳に止まった。


「地下の様子はどうだ。例の娘だ」


「投薬を試みましたが、やはり口を割りません」


「私から聴取することがある。支度してくれたまえ」


「今からでありますか?」


「今からだ」


 そのままキルミージに続く。奥まった場所にある扉を開けた先には地下への階段。明かりに乏しく底が見えない中を、キルミージは慣れた足取りで下ってゆく。そして、その先には重い石扉。


 石扉を抜けた先はやや広くなった空間だった。そこに踏み込んで半分ほど進んだ瞬間、背後で扉に閂がかかる音がした。


「総員、【黒鉄の矢】起動! 放て!」


「ッ、【金剛結界】、起動」


 とっさに発動した防御スキル。全身を覆った結界に、強化された矢の雨が続けざまにかち合った。


「ああよかった、本当にいらっしゃいましたか」


「並の人間なら肉片だ。いきなり剣呑じゃないか」


「おもてなしする、と言いましたからね。お顔が見えなくては挨拶もできませんし」


「熱烈な歓迎でありがたいよ。名乗った方がいいか?」


「いえいえ、お気遣いなく。改めてヴィタ・タマへようこそ、狼人族の王マージ=シウ」

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