75.三通りの返答

「そして、その評判を三倍しても精算できないくらい素行が悪かった」


「……うん?」


「酒を飲んで暴れる、鉱石の質が良くて暴れる、悪くて暴れる、空が青いから暴れる、朝起きたらそういう気分だったから暴れる」


「よく森で仲良くやれてたな」


「抑える力のあった狼人ウェアウルフはまだいいほうで、被害にあいやすかった森エルフの記録には……」


「【空間跳躍】、起動」


 今後の狼人族とドワーフ族の関係にヒビが入りそうなので、シズクの声を上空に飛ばしておいた。

 どうやらこちらを気にしたドワーフもいなさそうで胸をなでおろす。失礼を咎められたら厄介事になるところだった。


「でも、ドワーフだって狼人ウェアウルフを『口じゃなくて手で刀を使える見上げた犬』って言ってたって……」


「仲が良さそうで結構だが昔の話だ。今そんなことを聞かれるわけにもいかないだろう」


 そこまで言って、気がついた。


 聞くとか聞かれない以前に、ドワーフたちはこちらに全く関心を払っていない。自分たちを話題にされて視線すら向けようとしないのはさすがにおかしくはないか。


 危険を承知でシズクを連れてきたのは本人の希望だが、亜人がいた方がドワーフに接近しやすいとも考えたからだ。なのに好奇の視線を送ってくるのは人間の通行人ばかり。ドワーフたちは自分の手元を見つめるばかりでまったく興味を示していないように見える。


「コエさん、ちょっとお願いできるかな」


「はい、マスター」


 よもやと思いつつ、コエさんに頼んで手近なドワーフに声をかけてもらう。長椅子で占星術か何かの本をめくっている。


「失礼致します、ちょっとよろしいでしょうか」


「はい、なんでしょう」


 穏やかで理性的な返答。


「私たちは旅の者です。亜人族の風俗を見て回り、本にまとめようとしております」


「それはそれは」


「見たところ、伝統的なドワーフ族の生活とは随分異なる暮らしをされているご様子。戸惑いや不満などはないのでしょうか」


 やや答えづらい質問かとも思ったが、返答はすぐにきた。


「とんでもない、文明的な生活を送って充実しておりますとも。何も不満はありません」


「左様でしたか。読書をお邪魔してすみません。よい一日を」


「ええ、よい一日を」


 つつがなく会話を終えて戻ってきたコエさんに所感を聞くが、特に不自然さは感じなかったという。やりとりをじっと見つめていたアンジェリーナもコートの襟を詰めながら首をかしげる。


「学術院の偉い人よりよっぽど紳士ですね。……不気味なくらいに」


 不気味。アンジェリーナがそんな抽象的な表現を使うのは珍しく、実際どこか違和感はある。本命の目的と関係あるかは分からないが、看過してはいけない気がした。


「皆、街になるべく広く散って、ドワーフに同じことを聞いてくれ。その時の反応を一言一句もらさずに記録して持ってくるんだ。シズクは念のため俺と行動で」


 そうして解散したのが午前中のこと。

 昼過ぎに持ち寄られた情報は、俺とシズクが十八人、コエさんが四十五人、アンジェリーナが二人。六十五人ぶんのドワーフからの返答を集計してみてひとつの事実が浮かび上がった。


「三通りしかない」


 新しい生活に不満はないかという問いに対する回答。


『とんでもない、文明的な生活を送って充実しておりますとも。何も不満はありません』

『そんなことはありません。文明的な生活に満足しております』

『いいえ、文明的な生活を与えてもらって感謝しています』


 六十五人いてこの三通りしかない。一言一句同じだ。


「ジェリはちょっと声をかけるのに失敗しやすくて気づかなかったですが、これは異常ですね……」


 アンジェリーナはむしろドワーフに間違われやすく難航したらしい。長身のドワーフ女性は、体型的にもアンジェリーナに近いとか。

 ともあれアンジェリーナの言うことはまさしくだ。この結果は明らかに不自然だろう。


「何か原因がある、と見るべきだろうな」


「原因って?」


 言論統制か、教育か。いくつか考えられるが決めつけるのはまだ早い。

 この街のドワーフたちには何か秘密がある。どこかに囚われているはずのドワーフの娘とも関係あるかもしれない、もっと情報を集めよう、そう言いかけた俺の背後から声がかかった。


「どうされました、旅のお方?」


 穏やかな、だが人を射抜くような男の声。

 町中は情報量が多いため、感知スキルは最低限を残して切っている。それでもここまで自然に背後へ迫れるものかと思い振り向くと、そこには鎧をまとった武芸者がいた。


「……!」


 全員が同じことを口に出しかけて押し黙った。

 頭を露出した奇妙な形状の全身甲冑。腰にはこれ見よがしな直剣。その特徴を持つ組織を俺たちは知っている。 

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