74.『ドワーフ』
「命を賭してでも助けに行きたい、そんな臣下の心意気に免じて王が動いた。そういう筋書きというわけですなアサギ殿。よく言えば老獪、悪く言えばタヌキとはまさにこのこと! 流石!」
民に『行け』と言われて行く王ではいけない、というアサギなりの気遣いなのだろう。長くこの里を治めてきた者の政治感覚とでも言うべきか。彼なりに先々を見据えてのやり取りだったに違いない。
「……まあアサギの場合、俺が行かないと言えば本当に槍一本担いで行きそうだけどな」
「元よりそのつもりです」
それを解するベルマンも教養人なのだろうとは思う。思うが、ただ後半は余計だった。
「時にベルマン、水路が凍結して壊れておってな。今日中に直してくだされ。必ずな」
「え、アサギ殿? えっ?」
いや本当に、よく言っておけばいいのになぜ悪く言ったベルマンよ。
ちなみに狼人族の古い風習だと、年長者、そして年少でも身分の高い相手に対しては『殿』で呼ぶのがならわしである。
なのでアサギは年下でも俺を『マージ殿』と呼び、ベルマンは目下で年下なので呼び捨てというわけだ。
ベルマンは気の毒ではあるが自業自得なのでそのままにしておくとして。俺はヴィタ・タマへ向かう準備をすべく席を立った。
「アサギ、ドワーフっていうのはこんな刀を打つくらいだから凄腕の技師なんだろう?」
「左様です」
「ちょうどいい。来年の稲作は、もっと道具に頼っていきたいと思っていたところだったんだ。技師を連れて帰ってくるから待っていてくれ」
「は、お気をつけて」
◆◆◆
――準備期間を経て、約十日後。
俺が『神銀の剣』にいた頃、最後に拠点としていた街はベルデラという。通称、大窟の街。S級ダンジョン『魔の来たる深淵』の攻略者と、それを相手に商売する者、ギルド関係者に国の役人……そういった人々が集まるうちに形成された街だった。
ここ、ヴィタ・タマはそんなベルデラに似ているようでやや異なる。
街の基幹となっているのは鉱山。かつて亜人であるドワーフが開発し、今は人間と共同で管理していると文献には書いてあった。とはいえそんなものは名目にすぎず、実際はドワーフは奴隷か捕虜になっているもの、と思っていたのだが。
「マージ、あれが?」
「……ああ、ドワーフ族のはずだ」
「いっぱいいるね」
「ああ、いっぱいいるな」
街のそこかしこをドワーフが歩いている。数こそ人間が九にドワーフが一未満といったところだが、身分は決して低く見えない。茶をたしなむ者、学校で学ぶ子供、中には魔術について論じあっている識者すら見かけたほどだ。
人間と同じ、あるいはそれ以上の生活を送っている。文献で必ずといっていいほど触れられるヒゲもなく非常に清潔だ。
「マスター、彼らは大人なのですか」
「そう、筋肉の密度が人間と違うから、ああ見えて体重は俺より重いらしいけどね」
街を往く小柄な人を、コエさんは興味深げに見つめている。俺も実物を見るのは初めてだがあの特徴は間違いない。
亜人族、ドワーフ。
外観としては、小さい。とにかく小さい。亜人の中でも、例えば
街を往くドワーフ族は成人の男ですらそんなシズクと大差ない。鉱山で生きるために身体が小さくなるスキルを授かった、なんて噂もあるくらいだが詳しいことは不明。もう少し進んだ説だと「体が小さいから鉱山での生存競争に勝ち残った」という逆の説が支持されている。
少なくとも賢く器用な種族なのは間違いない。奴隷として抑圧されていないのであれば、ああいった文明的な生活を送れてもおかしくはないだろう。
奴隷になっているか捕虜になっているか。そんな心配も取り越し苦労だったかと思いかけたところ、シズクがぼそりと呟いた。
「違う、あれはドワーフじゃない」
「シズク、違和感があるなら言ってみろ」
「里にはドワーフについての話はいろいろ伝わってる。ボクも小さい頃から聞かされて育った。あれは聞いてた話とぜんぜん違う」
「ごく普通に見えるが……」
「あいつらが普通なわけない」
「……は?」
ごく真剣な顔で語るシズクいわく。
「ドワーフは男は鉱山掘りや木こり、女は鍛冶や細工に秀でた技師の種族だ。その技術力は人間なんかじゃ相手にもならない。そこに関しては森の外ですら一目置かれる存在だったって聞いてる」
「立派なもんじゃないか」
「そして、その評判を三倍しても精算できないくらい素行がゴミみたいに悪かった」
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