73.鉱都
「騎士団に尋問、拷問を受けているドワーフの娘。彼女の救出に向かう許可をいただきたく」
「……居場所が分かったか」
「今朝がた、キヌイより知らせが入りました。アビーク領の外ですので数日の道のりになるかと」
白鳳騎士団が去り際に口にした「捕虜から情報を得て狼人族の里を探していた」という言葉。それが気になった俺は調べを入れさせ、どうやらドワーフ族の娘が囚われているらしいことまで突き止めていた。
百年前にこの地にあったという森でウェアウルフとともに暮らしていた亜人族。その末裔にあたる。
その居場所が分かったという。
「かつての同胞が今も牢に囚われているか思うと、我ら居ても立っても居られず」
「前にも言ったが、それは里を危険に晒すことになる。わかっているのか」
奴らは里を探している。そこにこちらから出向くなど、こちらから手がかりを与えることにほかならない。
そう問うと、アサギは神妙に頷いた。
「里の者たちの総意であります」
「それは関係ない。俺たちは正しい判断をしないといけないんだ」
俺は里の総意で王に選ばれた。
借り物の王位ではあるが、それでも里の主権は俺の手にある。だからこそ冷静に冷徹に判断をしなくてはならない。
里のためにならないのなら、たとえ民の総意と異なっても別の道を選ぶ。それが為政者になるということ。少なくとも民が俺を王にふさわしくないと引きずり下ろすまではそれが俺の仕事だ。
俺が来るまで里を治めていたアサギがそれを理解していないはずもない。
「はい、もちろんでございます。その上でお願い申し上げています」
「冬支度が整ったといっても、来年の稲作や取引に向けた仕事は山積みだろう」
「それは、そうですが」
「里の内政面はアサギが主軸だ。俺がいなくても里は回るが、アサギがいなければ無理が出る」
「しかし……!」
珍しく食い下がるアサギ。狼人族にとってドワーフ族はかつての戦友だ。俺には理解しきれない絆もあるのだろう。それでも狼人族には狼人族のやるべきことがある。
「だから、俺が行く」
「なんですと」
「騎士団はこの辺りに里があることは知っていた。だが、正確な場所までは知らなかった」
考えられる可能性は二つ。囚われているドワーフの娘は詳細な位置を知らないか、あるいは。
「今も尋問、拷問に耐えているか、ですな」
「そうだ。もしそうなら早く救出しないと里にとって不利益になるからな」
と、どこから聞いていたのだろうか、家の戸がガラリと開いた。開けたのはもちろん、亜麻色の耳や尾に雪をへばりつかせた狼人の娘。
「ボクも行くよ。【
「閉めるです!!!」
「アンジェリーナってそんな大きい声出るんだね……。閉める、閉めるよ。ほら閉めた。それで、行き先は?」
俺が目で促すと、アサギは地図を取り出した。指差した街の名は『ヴィタ・タマ』。ここよりもやや北方、アビーク領を抜けて数日ほどの距離にある都市だ。
通称、『鉱都』あるいは『興国の武器庫』。
巨大な鉱山と工房を備えた鉄鋼と武具の生産地だ。仮にここが敵国の手に落ちるようなことがあればこの国は終わるだろう。逆に言えば、そうならないだけの防備が敷かれた要害の地ということになる。
「ヴィタ・タマ、です?」
「どうやら白鳳騎士団が失態を演じたために別の騎士団へと管理が移ったらしく。別の街からヴィタ・タマへ移送されることとなり、その情報を掴んだことで居場所が分かったのです」
珍しく神妙な顔で地図を見つめたアンジェリーナは、数拍だけ思考して口を開いた。
「……ジェリも行くです」
「どうした急に。ヴィタ・タマはともかく道中は寒いぞ」
「学術的興味です」
学者にそう言われると「そうか」としか返せない。一行の面子も決まったところでアサギが改めて頭を下げた。
「マージ殿、ありがとうございます」
「いいさ。現実問題として、亜人の皆だけで遠征して騎士団に乗り込むなんざ不可能だ。俺が止めるのを分かっていて、自分が里に欠かせないのを分かっていて、その上で『自分が行きます』と臆面もなく言える。そういうところがアサギの長所だ」
「あえて否定は致しませぬが、あくまで本意としてご理解いただきたく」
やりとりを見ていたベルマンもうむうむと頷いている。
「命を賭してでも助けに行きたい、そんな臣下の心意気に免じて王が動いた。そういう筋書きというわけですなアサギ殿。よく言えば老獪、悪く言えばタヌキとはまさにこのこと! 流石!」
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