70.【アルトラ側】人生最大のチャンス・去 -2
「ゴー、ドン……?」
「来い」
アルトラを引きずり、路地の奥へ。そこには板切れを継ぎ合わせた家らしきものが建っていた。
「中を見ろ」
「な、なんだよ」
「見ろ」
言われるがままに中を覗き込む。そこには、痩せこけた顔でカビたパンをもそもそと齧る娘の姿。その面影にもアルトラは覚えがあった。
「お前、エリアか……!?」
「……アルトラ?」
取られまいとしたのだろう、エリアはとっさにパンを隠した。そこに理知的な、あるいは平和にケーキをつつくかつての姿はない。
「アルトラ。お前がやらかしたせいで『神銀の剣』も財産を取り上げられてこのザマだ。何か言うことは無いのか」
「……へえ」
「エリアは古代魔術を使ってたし見た目もよかった。解剖したがる奴、ペットにしたがる奴、そんなのがわんさか湧いて出てここまで逃げてきたんだ。分かるか?」
ブルブルと身体を震わせるゴードン。そんな彼を前に、アルトラはくつくつと笑う。
「なんだ、エリアは売れるんじゃねえか。だったらさっさと金に変えちまえ」
「何だと!?」
「オレがなんとかしようと必死で
ゴードンが、アルトラの首に手をかけた。
「貴様、どこまで、どこまで……!」
「が、は……!」
アルトラは思う。もうどうでもいいと。金もない、名誉もない、未来もない。生きていても仕方ないと。
しかし、首を締め付ける力は次第に緩んでゆく。
「……誰も、おれと口をきいてくれないんだ。もう、誰も!」
「あ?」
「お前を殺したら、おれが話せる相手はこの世にエリア一人になっちまう……!」
「なんだ、そりゃ……?」
ドサリとアルトラを地面に落とし、ゴードンは拳を握りしめる。
「くそ、くそぉ……!」
しばしの沈黙。町が夜の闇に包まれてゆく中、灯りひとつない路地にはネズミが駆け回る音だけが響いている。
何もすることも、しなくてはならないこともない。
「なァ」
最初に口を開いたのはアルトラだった。
「ティーナ、探しに行かねえか」
「ティーナ? あいつの行き先が分かるのか?」
「バカか? 分からねえから探すんだろうが」
ここに来る前、アルトラは保護を求めて聖堂へと立ち寄っていた。恵まれぬ者への愛を謳う聖堂はアルトラに門を開かず、代わりに得られたのは『ティーナは歌いながらふらりと出ていったまま帰ってこない』という情報のみ。
「探して、どうするんだ」
「さァ?」
「さあ、って」
再びの沈黙。次にそれを破ったのはエリアだった。
「疑問。路銀はどうするのか」
「さァ?」
「お前、いいかげんに」
「一応、あるかもしれないけどよ」
アルトラの口にした希望に、ゴードンとエリアの目が少しだけ上向いた。
「西の方の草原でよ。マージと戦ったんだ。その時に
「それが残ってるってことか?」
「分かんね」
常識的に考えればすでに公爵かマージに回収されている。だが、その蜘蛛の糸よりも細いような可能性の他に縋れるものなどありはしなかった。
エリアがパンを懐にしまい、ゆっくりと立ち上がる。
「行く」
「……おれも、同じ目線の人間は多いほうがいい」
「もし無かったら、そのまま西の隣国まで逃げるか。……キヌイには寄れないけどよ」
翌日、三人の浮浪者が町を去った。西に向かった彼らが何かを得ることができたのか、できなかったのか。そしてどこへ行ったのか。
それを知る者は誰もいない。
◆◆◆
「キヌイでアルトラを見たという者はおりませんでした。少なくとも立ち寄ってはいないようです」
「そうか」
事の次第では死罪もありうるかと思ったが、さほどかからずにアルトラが釈放されていたと知って少し驚いた。公爵の計らいだろうか。
「それでマージ殿、その
「俺は触ってない。賠償金の回収に躍起になった連中が回収したってところだろう」
「左様ですか。……追手は、かけますか?」
「いや、いい。放っておけ」
アサギの気遣いなのだろうが、俺にとってはもう過ぎた話だ。
「マスター、ここにいらっしゃったのですね」
「コエさん? 迎えに来てくれたのか」
帰りが遅いのを案じたか、コエさんが上着を持ってきてくれた。時間も遅いし今日は切り上げる頃合いだなと、俺は立ち上がって服の砂を落とす。
「ご苦労だったアサギ。明日からまた忙しくなるが、よろしく頼むぞ」
「は、ごゆっくりお休みくださいませ」
「行こう、コエさん」
「はい、マスター。お供いたします」
夜空を見上げれば、星座が次第にその面子を変え始めていた。煌めく光の下をコエさんと連れ立って歩き出す。
皆と迎える最初の冬。どんな日々になるだろうと、これからに思いを馳せながら。
第一部
『奪われた者たちの王』
完
ここまでお付き合いありがとうございます。書籍版では一部改稿した他、チーコ先生による挿絵つきで物語を味わえますのでよければご購入いただけたら嬉しいです
引き続き第二部をお楽しみください
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