69.【アルトラ側】人生最大のチャンス・去
冒険者ギルドはこの日、異様な怒気に包まれていた。たむろする冒険者たちの目は一人の男にじっと注がれている。
「へへ、へ……? な、なんだよ皆? 久しぶりに会ったってのに静かじゃねえか……?」
このギルドで筆頭であったパーティのリーダー、アルトラが半年ぶりに顔を出したのだ。
どこかで片目を失い見違える姿になった、そんな彼に向けられる目はただただ冷たい。
「な、なあ、なんで黙ってるんだ? 英雄のご帰還だぜ? 忘れちゃいないよな、『魔の来たる深淵』を攻略したのは誰だった?」
「ダメにした、の間違いでしょ」
「へ?」
声を上げたのは、以前アルトラが自分を持ち上げさせるために雇ったあの少年だった。
「僕でも知ってる。この町は、飛び抜けて巨大な迷宮を攻略するために人が集まってできた町なんだ。『魔の来たる深淵』の攻略はギルドだけじゃない。町の悲願だったんだ」
「だ、だからそれをオレが……」
「お前が、ぜんぶ台無しにした」
少年が左を指差す。その先にはクエストが貼り出される掲示板。
以前は折り重なるように貼られていたクエストはほとんどなくなっていた。貼り出されているのは一枚の新聞記事のみ。
「どういうことだ……?」
「S級ダンジョンが攻略されれば町にも富と名声が入ってくる。それで別の土地に移ったり商売を始めたり、もっと豊かな新生活を始める。みんなそのつもりだったのに」
少年は掲示板に貼られていた記事を剥がして突き出した。
『S級冒険者、私怨による扇動』
『莫大な賠償金』
『本人とギルドに請求へ』
『御披露目での失態。過去の実績にも疑惑の目』
そんな見出しが躍っている。
「残ったのは仕事もない町と、町を出ていく金も名声もない人間だけだ。ぜんぶぜんぶ、アルトラのせいだ」
ギルドがダンジョン攻略のために存在する以上、そこに疑問符がつけば全てを失う。
ここに集まっているのはアルトラの行動で全てを奪われた者たちだった。
「その点、マージは立派だったってみんな言ってる。町の攻略者たちが残した記録をないがしろにせず調べて……。なのにアルトラはマージにあんな」
「……せえな」
「え?」
「うるせえな。テメェらだって同罪だろうが。マージの配分が減ってたこと、知らなかったとは言わせねえぞ」
ギルドの空気が張り詰める。構わずアルトラはまくしたてる。
「オレはあいつのせいで領主に捕まって、地下の石部屋で毎日毎日殴られて……何も知らねえって言っても喋れって……。ようやく帰ってみたら自分のことは棚に上げた連中に説教されんのか!? 偽善者どもが!!」
数人の冒険者が聞くに堪えず立ち上がった。
「アルトラ、貴様……!」
「まともな頭の人間なら、帰ってきたオレに慰めのひとつもあるべきだろうが! 違うか!?」
「そんなに歓迎して欲しいなら、してやるよ」
冒険者が次々と立ち上がり、アルトラを取り囲んでゆく。それが数十人に達してようやくアルトラの顔に焦りが浮かんだ。
「な、なんだよ。なんか言えよ、おい」
アルトラは知らない。
怒りが大きすぎる時、人間は言葉を失うということを。
「いでぇ……いでぇよ……」
空が暗くなりだした頃、ようやくギルドから叩き出して『もらえた』アルトラは、半ば這うように町を歩いていた。
人通りは以前よりも目に見えてまばらになっている。そして道行く人はアルトラを無視するか石を投げるかのどちらかだった。
「金もねえし薬もねえし……クソ……」
アルトラが扇動した今回の事件。
生じた損害は大部分がアルトラとギルドへと請求された。S級冒険者として溜め込んだ財産は没収され、残ったわずかな金も鎮痛剤へと全て消えた。
行く宛も、金もない。当て所なく歩くアルトラを、不意に伸びた腕が暗い路地へと引きずり込んだ。
「もがっ!? な……!?」
「久しぶりだな、アルトラ……!」
アルトラにも一瞬誰だか分からなかった。ヒゲに覆われた顔、やせ細った身体、みすぼらしい服装。
「ゴー、ドン……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます