63.『速さ』の先

「もとより、【剣聖】はどこか妙なスキルだった」


『足運びと剣速が速くなる』


 非常にシンプルで、それゆえに強力ではある。だが長い時間をかけて他の普通のコモンスキルを習得し強化していけば近いことはできてしまう。


 古代まで遡って魔術の知識を得られるだとか、あらゆる傷を癒し死者すら蘇生できるだとか、際限なく硬度と密度が増大するだとか。奇跡あるいは奇跡的な事象を引き起こすユニークスキル群と比べると――実用性はともかく――特異性には著しく欠ける、そんなスキルだ。


「では、そもそも『速い』とはどういうことか、だ」


 速さの真価は大きく二つに集約できる。




 ひとつ、自分より先に動き出した相手を追い越せること。




 ひとつ、同じ時間でより多くのことをこなせること。




「――【神刃/三明ノ剣】」


 起動した瞬間、『数瞬後の未来』が見えた。


 襲い来る無数の刃が辿る軌道が手にとるように分かる。それは先読み、後の先、もしくは限定的な未来予知とでも呼ぶべき効果だった。


「ぶ、武器が!?」


「なんだ!? すり抜けたように見えたぞ!?」


 示されるままに身体と刀を運ぶだけで、敵の攻撃は全て空を切った。相手が如何に先手を打とうとも、それを予知すればこちらが先んじる。


「来い」


 そして、もうひとつの真価はもうひとつの効果にある。


『自律思考する刃の召喚』


 宝刀を模して形成されたマナの白刃が天を埋め尽くす。その刃は俺が自分で操る必要がない。使用者の命令を自分で判断し、自動で実行する忠実な兵士だ。


「――制圧せよ」


 天より白銀の刃が降り注ぐ。五〇〇を越える兵士から武器を奪い鎧を剥ぎ、その力を奪う。


「ひっ、なんだこれ!」


「剣が! 剣が勝手に!」


「た、隊長! 止められません!」


 兵士の間に動揺が広がってゆく。それを叱咤するように隊長と呼ばれた男が声を上げた。


「ど、弩弓隊を前へ押し出せ! 一斉に矢を射掛けて針山にしろ!」


「放て!!」


 矢が黒い塊の如く飛来する。矢羽が空気を切り裂く音が重なり、竜の羽ばたきがごとく身体を震わす。だが、所詮は放物線を描くだけの単純な攻撃だ。


「撃ち落とせ」


 それに対向するマナの刃は矢の群れを縦横無尽に蹂躙する。解体された矢がバラバラと降り注ぎ、兵士たちは頭上で起きたことを理解して恐慌状態へと陥った。矢が降れば敵は倒れる、というごく当たり前の常識が通用しない、その事実が彼らを恐怖と混乱で支配している。


 こうなってしまえば『指揮』の力は及ばない。


「統率が保たれているのは……。あと二割、といったところか」


 先手を打った相手に先んじ、一にて一〇を、一〇〇を、一〇〇〇を同時に制圧する力。【剣聖】の速さの先、真髄は進化の先にあったのだ。


「あれ、が、【剣聖】……?」


「お前がいつか到達していた領域だ。……自ら捨てなければな」


「~~~~~~~!!」


 アルトラが唇を噛み締める。自分が握っていただろう星々の煌めきを、地面に這いつくばったままじっと見つめている。


「縦列、開けい!!」


「……ん?」


 未だ統率を保っていた兵士の列が割れた。その隙間から覗くのは鉄の砲口。


「砲撃よぉーーーーーーい!」


「装填完了!」


「照準よろし!」


 この混乱の中にあって、素早く火砲がこちらを向いていた。


「よほど優秀な指揮官がトップにいるらしいな」


「撃ち方、始めぇ!!」


 砲口が一斉に火を吹いた。


 俺はともかく、後ろのアルトラに余波でも当たれば消し飛ぶだろう。


「シズク、任せる」


「――【装纏牙狼ソウテンガロウ】!」


 黄金の狼が駆け出した。砲弾を正面から噛み砕き、生じた爆炎を貫いて砲兵隊の頭上へ。


「うぇ、狼人ウェアウルフ!?」


「マージの邪魔をするな」


 砲の車輪部分を破壊し、的確に無力化してゆく。


 三人を相手に大砲を迷わず撃つ判断は悪くない。だが、兵士の列を割ったのはこちらにとっても好都合だ。これで、『道』ができた。


「接続開始」


 宙を舞う刀はそれぞれが自律思考している。その思考は、当然に使用者と共有される。


「並列思考を実行。――【神眼駆動】【阿修羅の六腕】【空間跳躍】【詠唱破却】【無尽の魔泉】【星霜】、起動」


 戦列の裂け目に『道』を築く。


 不可視の六腕が最後方までを一直線に切り開き、その両端に刃を突き立て兵士の侵入を拒む。氷でかたどるのは蛇龍の背を模した一本の橋だ。まばたき一つの間に現れた白龍の道に兵士たちの足が止まった。


 その力と外観は見る人間を威圧する。もはや戦意を抱く者もなく、俺は『道』の先にいる人物へと目を向けた。この軍の最後方、最高指揮官の席にいる人物はただ一人。


 この状況にあってなお堂々と動じない、この一帯を治める大領主。静まり返った戦場に俺の呼びかけがこだまする。


「アビーク公爵よ。不躾ではあるが、『話し合い』の時間をいただけるか」

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