61.【神刃/三明ノ剣】 -1
「ア゛ア゛アア、ァ……」
喉が潰れるまで叫んだアルトラが膝から草原に崩れ落ちる。幾度も身を引き裂くような痛みを経て、しかし天が与えた強靭な肉体は絶命することを許さなかった。逃げ場もなく受け止めた痛みの総量はどれほどのものだったか、それは奴のみぞ知ることだ。
【該当スキルの変質が修正されました。差し押さえ処理を再開しますか】
「ああ、頼む」
【処理を実行します】
債務者アルトラより【剣聖】を差し押さえました。
【剣聖】は【神刃/
【債務者アルトラの全スキルのポイントが下限の【-999,999,999】に到達しました。現時点で回収可能なスキルポイントは以上です】
【以後完済するまで、スキルポイントを獲得するごとに全額を自動で差し押さえます】
「終わりだな、アルトラ」
「ウ、ソ、だ……ウ……」
意識は残っているが立ち上がる力はもはやない。俺は地面に崩折れたままのアルトラの襟を掴む。
「喋れるのなら、お前にはまだやってもらうことがある」
「え……?」
「【空間跳躍】、起動」
アルトラとともにまずはキヌイへ。町を襲った騎士団をシズクたちが撃退したことはすでに感知した。それでも領主軍よりも優先すべき目的が別にある。
「マージ!」
「うわ、ビックリしたぁ!?」
町の中心、シズクの近くに降り立つ。住人たちが集まっており、傷ついた狼人族が手当を受けているのが見て取れた。
「シズク、状況は」
「騎士団は撃退した。一〇人の捕虜を捕らえ、
こと戦果について隠し事はできないようだ。だが、その加勢こそが敵を倒した数よりも大きな価値を持つことをシズクはまだ十分に分かっていない。
「狼人族らしく戦えたか。他者のために力を使ったか」
「それ、は」
シズクが答える前に、横のリノノがその細い肩を掴んだ。
「見ての通りさマージさん。そうでなきゃ、安くもない包帯をこんなにグルグル巻いたりしないよ?」
「リノノ……」
「だ、そうだ。俺もシズクのおかげでケリを付けられた。ありがとう、よくやってくれた」
「……うん」
うつむきがちに、シズクは小さく頷いた。
「詳しい話を聞きたいが……。戦はまだ終わってない。重傷者を治癒したらすぐに領主軍へ向かう」
「いいえ王よ、このまま行かれてください!」
俺の後ろから
「我らの傷はキヌイの方々が十分以上に手当してくださいました!」
「この傷と包帯を勲章として里へ持ち帰ること、どうかお許しください!」
家宝にしますと言い切った若い狼人の肩を、キヌイの住人が叩いた。
「いや狼さん、包帯ってのは洗ってまた使うんだからね? 返しとくれよ?」
「えっ」
住人たちの間で笑いが起きる。つられて
「……期待以上だ、シズク」
これだ。これを確かめたかったのだ。
戦闘が終わっていると分かっていても領主軍よりキヌイを優先したのは、『最悪から二番目』への懸念が拭えなかったからだ。俺が想定していた『最悪から二番目』とは騎士団がキヌイを襲うこと。その本当の危うさは騎士の手によって死者が出ること、ではない。
騎士団を引き寄せた狼人たちと、狼人族から奪った土地に住みシズクを迫害したキヌイの民。両者の間で憎しみ合いが、殺し合いが起きること。それこそが最も避けるべき悲劇であり、シズクに求められる最重要事項だった。
「本当によくやった」
「……うん」
戦士としてのあり方にこだわるシズクにはまだ実感できていないようだが、これから時間をかけて学んでくれるだろう。その時こそ彼女が為政者として殻を破る瞬間かもしれない。
「次は領主軍を止める。狼人族の王としての仕事だ。お前もついてこい」
「……! はい、王よ!」
シズクとアルトラを伴って【空間跳躍】の座標を指定する。感知スキルで捉えたアンジェリーナのゴーレムはまだ健在であり、軍勢をしっかりと食い止めているのが見て取れた。
二人は自分の仕事を十分以上にこなした。次は、俺の番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます