60.反転

「壊脳撃壊死殺壊死死死返死死死返返返返死死返セァァッァアァァァァアァァッァアァァ!!」


「【亜空断裂】、起動」


 空間に無数の亀裂が走る中、アルトラはまた超速で範囲から逃れた。獣じみた直感と不規則な軌道、そして圧倒的な速度は広範囲の攻撃すら受け付けない。


「――『冥冰術コキュートス』」


 空間一帯を凍結させる神代魔術。決して逃れることのできないはずの冷気を、しかしアルトラは片腕を凍らせながらも回転で制した。剣速を上げるという特性が回転速度に上乗せされている。


 勢いそのまま、剛剣士と呼ばれた男が一直線に俺の頸を打ち据えた。


「ア゛ア゛ア゛アアアアアアア!!」


「【金剛結界】」


 最硬を誇る結界に大振りの一撃を弾かれて、尚止まらない。


「ガァッァアァァァァエエエェェェッェェッェエゼエエェェェェッェェェッェエ!!」


 金剛結界に包まれた俺をアルトラは剣で殴りつけ続ける。その目に理性はなく、しかししっかりと俺を捉えて離さない。指が裂け、爪が剥がれ、血を噴き出そうとも止まらない。


 過剰投与で痛みも恐怖も麻痺したアルトラを止めるものなど、何も無い。


「……お前は昔からそうだったな」


 その姿を見て、なぜか昔を思い出した。


 俺とアルトラは、ユニークスキル発現者どうしの縁で出会った。当時から神童として注目の的だったアルトラと、不遇スキルと言われるばかりの俺。


 対照的な立場ではあったが、アルトラの戦いを目にした俺は何気なく声をかけた。『それ、痛くはないのかい?』と。


 当時の【剣聖】には今ほどの速度はなく、それであってもアルトラは全身に生傷を作りながら戦っていた。もしもこのまま速度が上がっていったなら。それでも彼が止まろうとしなかったなら。危惧した俺は、たまたま持っていた【鷹の目】を貸したのだ。


『褒美だ、オレのパーティで働かせてやる』


 俺に選択権はなかった。環境がそれを許さない。「お前如きが断るのか」「お前のために言っているのだ」と言って逃さない。


 次第に人間扱いすらされなくなる中、多くの魔物を倒し、クエストを達成し、そしてS級ダンジョンを――。


「――そんな俺たちにふさわしい決着がある。アルトラ、最後に攻略したダンジョンを覚えてるか」


 スキル【空間跳躍】で距離を取る。即座にこちらの位置を把握して疾駆してくるが、十分だ。


「『魔の来たる深淵』は劇毒のダンジョンだった。お前らは不要と断じたが、俺は耐性スキルを用意した。毒を無効化する十七ものスキル群だ。今は俺の中で『薬』は通し『毒』は阻むように働き続けている」


 右手を、翳す。


「さて」


 アルトラの剣が眼前に迫る。それを【心眼駆動】で見切り、間近ですれ違うアルトラに問うた。


「その痛みを消す薬は、まだ『薬』か?」


 この攻撃にスキル起動は必要ない。すでに起動してあるスキルの設定を、少し弄るだけだから。


 スキル【狂毒耐性】【痺毒耐性】ほか、俺を守っている耐毒スキル全ての効果範囲をアルトラまで拡大・・する。




「――【森羅万掌】。お前が飲み続けた“毒”を無効化する」




 アルトラの動きが、ビタリと止まった。


「ア……?」


 如何な傷を受けても手放さなかった神銀ミスリルの剣が落ちる。白銀の刃が地面に突き刺さると同時、アルトラの身体が大きく痙攣した。


 アンジェリーナを追うため、木に岩に身を打ち付けることも厭わず駆け抜けた『痛み』。


「あ、ア」


 頑強なるゴーレムを破壊するため、腕がちぎれんばかりの剣撃を放った『痛み』。


「あギ、が」


 空間を網羅する攻撃すら回避し、金剛の硬度を持つ結界を打ち続けた『痛み』。


「いぎゴ、げキ……?」


 それは消えたわけではない。感じなかっただけだ。


 今、その扉を封じていたドクが破壊された。同時、アルトラの目に失なわれていた理性が戻る。


「マージ、お前、これは」


「これまで目を逸らしていた痛みを全て味わい、全てを理解する。それでこそ本当の決着だ」


「ま、待っ……」


 アルトラの目に涙が浮かび、滝のような汗が噴き出すが。


「もう、遅い」


 刹那。全ての痛みが、切創が、裂創が、酷使が、自ら刻んだ肉と骨の悲鳴が。


 アルトラの全神経を引き裂いた。


「ア……」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

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