59.乱戦
「いいや、数はこっちが多いね」
リノノの言葉を証明するように。町の人々が、手に手に剣を、無いものは包丁や農具を携えて通りへと現れていた。騎士たちの動揺が馬へと伝わり、突撃の足が止まる。
「貴様ら、亜人と結託するというのか!? どこまでも」
「どこまでも愚かって? 愚かで結構、おおいに結構。あたしらから言うことはひとつさ。……シズクちゃんよ、身勝手な話で悪いがあたしらにも一枚噛ませてもらっていいかい?」
「……好きにしろ。ボクはこの町が嫌いだけど、生き延びようとする者の邪魔立てはしない」
シズクの返答に「嫌われちゃってるね」と小さく笑い、リノノは壁に刺さった短剣を拾い上げて騎士へと向けた。
「あたしらはあんたらが気に食わねえ! そうだな皆!!」
リノノの号令に、町中が気炎を上げた。
「キヌイを舐めるな!!」
「うぅ……!?」
狼人と住人が大波のごとく騎士団に押し寄せる。騎士たちの動揺は全て馬へと伝わり、一騎、また一騎と町の外へ逃げ出してゆく。
「逃がすか」
その背中に狙いを定めてシズクは足に力を篭める。逃げる一人を地面に叩き伏せ、隊長格の男を視界に捉えたが。
「ぐ……!」
ガクリ、とその膝が崩れた。
激しく動いたことで体内に残っていた毒が回ったか。頭でそう理解したところで体は言うことを聞かず、幾人かの捕虜を残して騎士たちは草原へと消えていった。
「か、勝ったぞ! 儂らの勝ちだ!」
「助かったぞおおおお!!」
住人たちが勝鬨を上げる中、シズクは未だ力の足りない自分を悔やんで空を仰ぐ。
「守るはずの住人に助けられていたら世話ない、よね。マージに任されたことはできたけど、こんなんじゃ……」
そんなシズクに、リノノは短剣を捨てると慌てて駆け寄った。
「シズクちゃん、大丈夫かい? 酒で洗ったんじゃ傷に
「このくらいなんでもない。助かった」
「そんなに傷だらけでなんでもないわけないだろうに。せめてこれ以上毒の回らないように縛らないと。ちょっとゲラン、その紐を返しな!」
「わ、ワタシの右腕を止血しているこれかね!?」
「それ以外に何があるんだい! もともとあたしのもんなんだから黙ってよこしな!」
「これを解いたらワタシが死んでしまうのだが!?」
切り落とされた右腕に使った紐は流石に転用できまいと、近くにいた住人が差し出した包帯でリノノはシズクの手当を進めてゆく。
動けない身ではシズクも黙って手当されるしかないが、その目は町の北をじっと見つめていた。周囲の
「他の狼さんがたもこっち来な。まさかこんなにいっぱいいるとは思わなかったし聞きたいことは山ほどあるけど……。まずは傷が膿まないようにするのが大事だよ」
「……部下が世話になる」
「部下! はえー、これみんなシズクちゃんの部下なの! 出世してたんだねぇ。そりゃ気合入れて手当したげないと」
そうして十七人の手当がようやく一段落した頃。
シズクの見つめていた方角の空に、巨大な土柱が上がった。
「ッ!?」
思わず立ち上がり息を呑む。遅れて届く轟音。町の人々もぎょっとして空を見上げ、その猛烈な砂埃の量にどよめいた。
「な、なんだ?」
「領主様の軍隊が大砲を撃ったんだ!」
「大砲であんな土柱が立つものか! それに方角も違う!」
「じゃあ、あんなものがどうやって……」
住人たちが口々に呟く中、その下にいるであろう人間を知る
「マージ……!」
◆◆◆
「マァァァァァジィィィィィィィィァァァァ!!」
「【阿修羅の六腕】、起動」
正面から向かってきたアルトラを不可視の豪腕が殴りつけた。顔面に拳を受けて地面に転がったアルトラは、腰の袋から濃緑色の丸薬を取り出し噛み砕く。あれで痛みを消しているらしい。
「ぐぅぅぅ!! 【剣聖】!!」
「【空間跳躍】、起動」
「がっ……!?」
アルトラを上空へと転移した。重力に引かれるまま地面に激突し、アルトラの鼻から血が流れる。土と混ざってできた泥がその顔を汚している。
「嘘だ! そんなわケない! 嘘ダ!!」
丸薬を鷲掴みにして口へ運び、なおも乱雑に飲み下す。
「があああああ!!」
「【潜影無為】、起動」
「消え……」
「人間が消えるわけがない。見えなくなっただけだ」
メロから【熾天使の恩恵】を回収した際、【隠密行動】が吸収され進化したスキルだ。動きの止まったアルトラの足を払い、倒れた背中を踏みつける。
「ガ、ア……! テメェが! オレを! 見下ろスナ!!」
アルトラの顔に手を翳す。
「【
「差し……ッ! ガアアアアアアア!!」
加速で強引に抜け出した。さらに丸薬を飲み下し、剣筋が無秩序な軌跡を描く。
脚の骨を砕くような切り返し。腕の破壊を厭わぬ剣速。あまりに破滅的な軌道で頭を狙ってきた
「アアアアァァッッァァッァアア!!」
「なんだ……?」
アルトラの様子がおかしい。
奴は薬で痛みを消していただけのはず。なのに奴が濃緑色の丸薬を噛み砕く度、その速度と力が膨れ上がってゆく。痛くないから怖くないからで説明できる出力ではすでにない。
スキルの源となっているマナが、まさか暴走でもしているのか。あの薬のせいで。
「死ネ! 返セ!! ジネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
「アルトラ、それ以上は」
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
呼びかけたが、返ってきたのはもはや言語ですらない咆哮だった。
「……吹き荒べ『
風で砂塵を巻き上げてアルトラから視界を奪う。この隙に奴から【剣聖】を差し押さえれば、全て終わりだ。
【ユニークスキルのスキルポイントを差し押さえ、債権額に充当します】
【差し押さえるスキルを選択してください】
「アルトラから【剣聖】を回収しろ」
【スキルが選択されました。処理を実行します】
あとはスキルの処理が完了し、スキルポイントが流れ込んでくれば全て終わり。
終わり、のはずだった。
【該当スキルが一時的な変質を起こしています。修正されるまで回収不可】
【該当スキルが一時的な変質を起こしています。修正されるまで回収不可】
【該当スキルが一時的な変質を起こしています。修正されるまで回収不可】
「……あの薬でマナが乱されているのか。それでスキルがあんな出鱈目なことに」
「脳一撃壊死滅死死死返死死死返返返返死死返セァァッァアァァァァアァァッァアァァ!!」
「ああ、分かった。分かったよアルトラ」
砂嵐に身を裂かれながら、それでも向かってくるかつての仲間に語りかける。もとより殴り倒してスキルを奪えばそれで終わりだなんて簡単な因縁じゃない。
すでにゴーレムも破壊された。今、この場に立つのは二人のみ。
「もっとはっきりと決着をつけようじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます