58.「あたしはあんたが気に食わない」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃと……! 陰湿がすぎるんじゃないか銀ピカさんよ!」
酒屋のものを手当り次第に投げつけるリノノを、騎士は哀れなものを見る目で眺めている。
「亜人に情を抱いてしまう市民は、なぜこうも醜く野蛮なのか……。正しき理解、正しき知識こそが良き世を作るというのに」
「やめろリノノ、ボクらに構うな」
マージの感知スキルは強力だ。本当に絶体絶命となったなら、助けてと本気で叫べばきっと全てを投げ出して来てくれるとシズクは知っている。
「それをしないのはボクらの都合だ。リノノは関係ない。関係ないんだ」
「あたしが亜人に情? なーに言ってんだい」
ガッ、と店の棚に足をかけて腕を組む。膝は小さく震えているが、それを隠すように大声で言った。
「あたしはね! ゲランとエルドロがその子を虐めてるとこに五回ほど出くわして、うち五回で無視して通り過ぎました! 外道の仲間もまた外道! 命なんか張れるようなタマじゃーございやせん!」
「何を言い出すかと思えば」
騎士は呆れたように短剣を抜き放つ。その鋭い切っ先に思わずビクリと身体を震わせて、しかしリノノは「やれるもんならやってみろ」と啖呵を切り返した。
「つまるところ、あたしも騎士さんらと同じ穴のなんとやらさ。偉そうにお説教できるなんざ思っちゃいないよ。でもま、そこは勢いで生きてきたリノノさん。こういうことも言えちまう」
リノノは再び壺を拾い上げ、大きく振りかぶった。
「道理が許さなくても筋が通らなくても、あたしはあんたが気に食わない!!」
「……話にならん」
壺と短剣が同時に投擲された。速度差は歴然。殺傷力の差など問うに
一方のリノノは避けることもできず、自分めがけて飛んでくる短剣を「あー死んだわ」とでも言いたげに見つめている。冷たい刃は狙いをあやまたずリノノの胸に迫る、が。
「ばかものおおおおおおお!!」
床で転がされていたゲランが、その身体を突き飛ばした。
「いっつつ、おデコ打った」
「か、借りは返したからな! これでさっきのはチャラだからな!! そうだな!?」
「ゲランあんた、どんだけ貸し借りで痛い目見たんだい……」
「……くだらん庇い合いだな。まったく目先のことしか見えていない。ひと思いに死んでおけば来世に期待もできたものを」
その時、バチリ、と。
リノノたちのやり取りを冷めた目で見つめる騎士の横で、雷のような何かが弾ける音がした。
そこにいるのは動けないはずのシズクのみ。よもやと目を落とした騎士が見たのは、最後にリノノが投げた酒壺と、その中身を傷口に浴びせたシズクの姿だった。
「む?」
「塗られた薬なら、洗えば少しは……!!」
まだ、戦える。マージの決闘を、戦士としての因縁を断ち切る時間を稼げる。王の信頼に応えられる。そう自分に言い聞かせるようにシズクは両腕を地面について力を篭めた。
【マナ活性度:k,6\1,jl5-0】
「無駄だ。すでに回った量で十分にマナの活性は乱され、お前は動けない。暴走でもしようものなら五体がちぎれ飛ぶぞ」
【マナ活性度:7,4$6,^09】
「調べたくせに分かってないのか。
【マナ活性度:33,301,470】
「誰かのために戦い続ける時、強く猛るんだ」
「立ち上が……ッ!?」
シズクの姿が消えた。一気に最高速度へと達したその身体は、街路のはるか彼方で剣を振り上げていた騎士を一足に叩き伏せる。
「一人」
二人、三人。分厚い甲冑を薄布のように引き裂き、黄金色の軌跡が町を駆け巡ってゆく。
「尾が生えている、だと?」
騎士隊長が思わず呟く。シズク自前の亜麻色の尾ではない。それまでは存在しなかった黄金の狼尾が現れ、シズクの全身を包むマナと一体化してゆく。
未だ不完全。なれどその姿は、黄金の狼そのものへと着実に近づいていた。
「あれは文献にあった……いや、そんな馬鹿な! エンデミックスキルは地精に依存するものだ! 実り豊かだったという時代ならいざ知らず、この痩せた草地のみとなった今もあれほどの出力を保てるわけが!」
「実らせたのさ、お前の知らない何かをね」
眼前。瞬きしたその刹那で距離を詰められたと、騎士隊長には気づく暇すらない。
それまでよりも鮮烈な牙が短槍もろとも鎧を噛み砕いた。武器を犠牲に致命傷を免れた隊長は、無様に後ずさりながら町に散らばる騎士へと号令を発する。
「……ッ! 総員、あの
「
騎士の声をシズクが上塗りした。十七人の狼人が肩を貸し合って立ち上がり、武器を構え直す。一歩遅れて騎士も集合し隊形を整えた。互いに向かい合い、その一歩を踏み出す。
「
「総員、吶喊! 敵は死に体の畜生どもに過ぎず、数の優位もまだ我らにあり! 一度にもみ潰せば終いだ!」
客観的な戦力差に騎士たちが勢いづく。しかしその意気を挫くように女の声が割り込んだ。
「いいや、数はこっちが多いね」
リノノの言葉を証明するように。町の人々が、手に手に剣を、無いものは包丁や農具を携えて通りへと現れ始めていた。
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