56.ひとでなし -2

「次はクビでも飛ばしてみるか?」


 間近で観察するうちにだんだんと分かってきた。どうやってアルトラがスキルの補助なしに超速度を実現しているかが。


 幾度目かの致命傷を治癒し終えた俺に、またふらふらと立ち上がったアルトラが毒を吐く。


「テメェ、それでも人間かよ!? だがこれならどうだ!?」


 背後に立つアルトラの右腕に異物。そこから高速で飛来する物体あり。


 俺は振り返らずそのままマナの流れを組み上げた。


「『冥冰術コキュートス』」


 飛来した物体を氷の柱に捉える。その氷はアルトラの足元まで伸び、右足を地面へと縫い付けた。


「なっ、足が……!」


「人でなしならお互い様だろう? お前自身がどう思っているかはともかくな」


 氷に封じられた物体をゆっくりと観察する。これは鉄矢か。先端に何かが色濃く塗られている猛毒矢だ。


 こんなもの、速度ではアルトラの神速には遠く及ばないというのに。


「仕込み弩……。以前のお前なら、そんなものは決して使わなかった。遠くの敵だろうと駆け寄って斬れば済むからな。【剣聖】ならそれができる」


「オレのスキルを語るな! お前如きに何が分かるってんだ!」


「分かるさ。【剣聖】の唯一最大の欠点に気づいたのだって俺が先だった」


「【剣聖】に欠点なんざ……!」


速すぎる・・・・。使用者自身の知覚を超えて速くなれてしまう・・・・・・


「……ッ!」


 だから俺は【鷹の目】を貸した。動体視力を上げるという、それ自体はありふれた知覚強化型のコモンスキル。才能に恵まれたアルトラは無意識に使いこなすまでになり、【剣聖】は縦横無尽の剣舞を放つスキルとしてその名を世に知らしめた。


 それを失った今、アルトラは加速した自分自身を制御できない。必ず壁に激突するか地面に転がる。その痛みと傷、そして恐怖が足をすくませるはず。


「だがお前は【剣聖】を今まで以上の出力で使っている。人間は、いや生物は、痛みと傷を恐れるようにできているのにだ」


 よく見れば傷まみれの身体で、アルトラはくつくつと笑ってみせた。


「もったいぶってんじゃねえよ。そこまで分かってんならはっきり言いな」


「……アルトラ。薬で痛みを消して『タガ』を外したな」


 何度か攻撃を身体で受けてみて分かったのは、『何もない』ということだった。


 スキルに頼らない方法で動体視力を補ったか、あるいは何も見えず判らずでも戦える工夫を編み出したか。そのどちらかだろうと想像していた。だが違った。


『薬で痛みを感じないようにし、傷つくままに任せて一直線に突っ込む』。


 一直線だから速い。恐れないから強い。そんな、作戦とも工夫とも呼べないようなものが解答コタエだった。薬の作用なのか常にゆらゆらと揺れているアルトラは不敵に笑う。


「アンジェリーナを追いかけるのは大変だったぜェ? 山、谷、沼、夜闇……何度も見失いかけて、その度に痛みを消して【剣聖】で追いついた。そうして苦労したぶん、オレは強くなった! 強くなったんだ!」


「強くなった、か」


「オレはお前よりもよっぽど苦労してんだ! 何もせず床で転がってりゃあS級でいられたお荷物マージとは違う! なら、最後はオレが勝って全取りするべきだろうが! 違うか!?」


 俺を追い出す時、アルトラは言った。「お前の存在はマイナスだ」と。


 マイナスを生む俺とプラスを生むアルトラ。その二人が戦うならアルトラが勝つべきだ。どちらが強いかではなく、道理としてそうあるべきだ。アルトラはそう言っている。


「そうか。それが、アルトラの行き着いた答えか」


「持って生まれた者の重責ってやつだ。お前には一生分からねえよ、マージ」


「お前がそう思うのならそうなのかもな。だが薬に任せるなんて作戦でもなんでもない。続ければ……」


「知るかよ」


 死ぬぞ、と。

 俺がそう言い切る前に、アルトラは自分の足を固めていた氷をブーツごと引き剥がした。


「テメェから奪い返せなきゃあ、どうせ死んだも同然なんだよオレはよォ!!」 


 アルトラの足から血が流れるが、スキルによる加速はそれを意に介さない。神銀ミスリルの剣が白銀色を煌めかす。


「……奪い返すことを目的ゴールにした人間に、未来はないんだがな」


 迫るアルトラは速い。速いが、そこに何の工夫も無いのなら。それが奴の『答え』なら。


「もう、いい」


 ゴーレムが俺とアルトラの間に割って入る。


「そいつの硬さはもう分かってんだよ!!」


 今まで以上の剣速がゴーレムもろとも俺を両断せんと迫った。ユニークスキルの全力を解放した、渾身の袈裟斬りは。


「【黒曜】」


 カイン、と。硬質な音とともに弾き返された。


「なっ……!?」


「見覚えがあるだろう?」


 アンジェリーナに一部のスキルポイントを貸し与えた、ゴードンのユニークスキル。それが石の躯体をさらに頑強なものとしていた。


「こん、今度は【黒曜】って……。そんなわけねえだろ嘘つくな! そ、そうだ、さっきから回復だの魔術だのと使ってみせてるが、そんなのはまやかしで、まさか、あるわけ……」


「『そんなことあるはずない』。そう思いたくなることも、世の中には山ほど実在するんだアルトラ」


 自分を脅かすものなどこの世にあってはいけない。だから存在しないものとして扱う。人の弱い心には、それも時として必要なことかもしれない。


 だがそんな甘い夢が見られる時間はもう終わりだ。


「気づいてるか、アルトラ」


「な、なにがだ」


 ゴーレムを呼び寄せ、その大きく硬い躯体をコンコンと叩く。


「自分を守る鉄壁の大盾」


「じ、自慢のつもりか? ああ?」


 先ほど切り落とされた頸を見せる。すでに傷跡すら残ってはいない。


「いかなる傷も瞬時に癒す治癒の力」


「なんだ、何が言いてえんだ!」


 氷柱にマナを注ぎ、即座に蛇龍の彫刻オブジェへと変化させる。


「強力無比な古の魔術」


「な、なんだよ、やめろ、おい」


 今から言うことは、本当に今さらなこと。何のひねりもないただの事実。だが見たいものしか見えない人間アルトラには確かな言葉にして言わなくてはならないこと。


 そう、これらは。


「俺を、仲間を、殺そうとなんかしなければ。全部お前のものだったんだよ。お前は自分でこれを捨てたんだ」


「そん、ちが……!!」


 何か言おうとしているが、もう興味もない。俺はアルトラに向けて右手を翳した。


「最後に、まだお前の手に残ってるものを回収する。嫌だと思うのなら抵抗してみせろ」

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