55.ひとでなし -1

「【剣聖】、起動!」


 アルトラの姿が目視から消えた。スキルによる感知ですらもその影が霞むほどの高速。


 瞬きひとつのうちにアルトラは俺の遥か後方へと移動し、再びゆらゆらと立ち上がった。


「昔より速くなったな。何をした?」


 音を置き去りにせんばかりの剣撃。その一太刀がゴーレムの隙間を縫い、俺の頬をわずかに掠めていた。ひどく直線的だが精確さと速度は以前よりもむしろ増している。


 補助するスキルもないはずなのに、通常ならありえない。


「さァな、当ててみな!!」


 後方からの攻撃にもう一体のゴーレムが立ちはだかる。アンジェリーナが特に硬度を増して造ったそれを物ともせず突っ込んだアルトラは、刃で白磁の躯体をガリガリと擦って草原に転がった。


 そしてまた、立ち上がる。


「お前こそいいゴーレムオモチャ持ってんじゃねェか。アンジェリーナの奴はそっちに付いた、と。お盛んなこって」


「お陰様でな。お前もずいぶんと元気そうだ。ゴードンやエリア、ティーナは息災か?」


「知るかよ、あんな役に立たねえ連中」


「なんだ。無能・・を追い出して真のS級とやらになった『神銀の剣』の面子にずいぶんな言い草じゃないか」


「はっ、ゴードンはアリにビビって引きこもり、エリアは毎日カフェ巡り、ティーナに至ってはどこ行ったかも分からねえ。それももう三ヶ月近く前の話だがな」


 今頃どうしてるかは知らないし興味もないと、アルトラは吐き捨てるように言った。


 三ヶ月近く前というと、俺がパーティを抜けてからひと月が経つか経たないかの頃だ。ベルマンやアンジェリーナから聞いていた通りの壊滅状態だったらしい。


「時間はかかったが、もう逃がさねえ。その喉元、今ここで食い破ってやる」


「今さらだが一応聞いておこうか、元リーダー。何のためにそうまでして俺を狙う。何をしにここまで追って来た?」


「何をしに来た、だと?」


 濁っていたアルトラの目に、何かが燃え上がった。


「テメェがオレから奪っていったもん、全部取り返しに来たに決まってんだろうが!!」


 取り返しに来た。取り返しに来たと言ったか。


 そうか。アルトラにとっては自分が奪われた側で、俺が奪った側なのか。だから、奪われたものを奪い返しに来たから、こんなにも……。


「……よかった」


「よかった、だと? よかっただと!? 何がだ!」


「よかったんだ、アルトラ」


 よかった。思わずそう口をついて出た。


 アルトラが公爵とともにここへ向かってると知った時。もしやアルトラの心境に変化があって、公爵に認められるほどの男になったのではないか。そんな想像が湧いてきた。


 だがそうではなかった。アルトラはアルトラのまま、何も変わらずに来てくれた。


「訳分かんねえこと言ってんじゃねえぞ、無能が!!」


 アルトラが再び剣を構えた。


「【剣聖】!!」


 アルトラの速度はさらに上がり、ゴーレムの動きは完全に遅れた。閃いた刃はゴーレムの脇を抜け迫る。


「獲ったァ!」


 アルトラの気配が背後に移動したと同時、俺の身体が左肩から大きく断ち切られた。視界が真っ赤に染まり鋭利な切断面は氷のように冷たい。


「ハッ、ハハハ! ざまぁね……」


「【熾天使の恩恵】、起動」


「なッ!!」


 アルトラがこちらを振り返った時には、俺の傷は流した血ごと消え失せていた。その光景にアルトラの顔がさらに歪む。


 俺は、自分の首を指差した。


「次はクビでも飛ばしてみるか?」


「テメェ、いつ回復術なんか覚えやがった!? それもそんな、まるでティーナよりも……」


「どうした? 来ないのか?」


「ぐ、ぐ……! やってやるよ!!」


 宣言通りにアルトラは俺のクビを刎ねる。


 治癒する。


「ぐぅぅ!」


 俺の胴を割る。


 治癒する。


「……そういう、ことか」


 相手の手の内が不明なまま安易に【剣聖】を回収すれば、何が起こるか分からない。そう考えて幾度か受けてみて、だんだんと分かってきた。


 如何にしてアルトラがこの速度を実現しているかが。


「クソッ、クソが! テメェそれでも人間か!?」


「人でなしならお互い様だろう? お前自身がどう思っているかはともかくな」

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