54.邂逅 -2

「ま、またワタシの右腕があああああああ!!」


「うるっさいね! 腕の一本や二本で騒ぐんじゃないよ!」


 ゲランの右腕から血が噴き出す。髪を括っていた紐で二の腕を縛り上げながら、リノノは騎士を睨みつけた。


「騎士さんだっけ。ゴミ掃除してくれるのは大いに結構だけどね。挨拶もなしってのはちょいとばかし礼儀がなってないんじゃないかい?」


「我らと亜人とは異なる生物だ。亜人はヒトを殺すことに一切の躊躇なく、その行動原理は全てがヒトを害する。それは歴史が証明しており、よって法もヒトと亜人を分けて定められた」


「……はあ?」


 回答になっていない回答。抜身の直剣から血を振り払い、男は怒りを滲ませるように言う。


「にも関わらず亜人にヒトとして接する民がいる。ヒトとヒト以外の区別がつかない者だ。ヒトと魔物の区別すらつかないかもしれぬ、幼子がごとき無知で愚かな民だ。あまりに、あまりに理解し難いが、それとて愛すべきヒトなのだ」


「な、何を言ってんだい? なんだ、あたしらはヒトと魔物の区別がつかないって? 亜人をヒト扱いするから? 意味が分からない!」


 うろたえるリノノには何も答えず、男は手振りで合図をする。背後の騎士たちが全員同じく抜剣した。


「我ら三十六騎。いずれ諸君らがヒトならざるモノに心を許してしまい、大いなる悲劇を生むことのないよう……この場にて『正常化』を行う」


「ッ、みんな逃げろ! こいつらマトモじゃないよ!!」


 リノノの叫び声を合図に住人たちは一斉に駆け出した。蜘蛛の子を散らすように逃げる人々だが、所詮は人の足。騎乗した騎士との速度差は如何ともし難い。


 真っ先に追いつかれるのは当然、すでに傷を負った者だ。


「ひい、ひい、なぜワタシばかりこんな目にい!」


「……だーもう! こんなクズでも見捨てて逃げりゃ寝覚めは悪いか!」


 リノノがゲランに肩を貸すが、そんな速さで逃げられるはずもなく。先頭にいた隊長と思しき男がゆらりとその背中に迫った。


「次はせめて、ヒトとそれ以外の区別ができる頭で生まれてくるよう祈る」


 男が直剣を振り上げる。陽光を反射して白い輝きを放ったそれは、まっすぐに振り下ろされ――。


「むッ!?」


 何かに弾き飛ばされ、近くの家の壁に突き刺さった。





「――【装纏牙狼ソウテンガロウ】」


【マナ活性度:81,937】





 白刃を阻んだのは黄金の爪。加速なく最高速へと達する動きで割って入ったシズクが、息を切らしながら騎士を威嚇した。


「シズクちゃん!?」


「お、おお、シズク! ワタシを助けに来たのか!」


 思わずといった顔でシズクに駆け寄るゲラン。その顔面を、シズクはぞんざいに蹴飛ばして近くの酒屋へと叩き込んだ。


「のげふっ!」


「怪我して逃げられないなら、せめてそこでじっとしてろ」


「シズクちゃん、助けてくれたのはありがたいけどね、すぐに逃げな! こいつらは騎士団っていって」


亜人ボクらを殺すためにいる連中だろ。騎士かぶれベルマンからいろいろ聞いた。その割にリノノたちも殺そうとしてたみたいだけど、もしかしてヒトとそれ以外の区別がつかないのかな?」


「そこまで分かってるなら、どうして」


「自分が王と戴いた人のため、かな」


 リノノを後ろに庇いながらシズクは騎士と対峙する。馬に積んでいた短槍へと武器を持ち替えた騎士は、その切っ先をまっすぐにシズクへと向けた。


「やはり亜人が潜んでいたか。幼体が一体のみとは些か拍子抜けだが……」


「なら喜べ。ボクは一人じゃない」


 周囲を取り囲むように。


 家々の陰から武装した狼人たちが現れた。先行したシズクに追いついた戦士、数にして十七人。


「なんと、これほどまでに汚染された町があるとは。正常化を、正常化を行わねば。亜人をヒトとして扱う哀れな者たちを正常化せねば」


「やってみろ。こっちはお前みたいな人間にはうんざりしてるんだ」


【マナ活性度:367,895】


 これは爪を構えるシズク本人以外には知るよしもないことだが。


 シズクを包む黄金色のマナは、数ヶ月前には到達しえなかった活性度へと至りつつあった。







    ◆◆◆







「……初動は押さえた、か」


 閉じた瞼の裏に周囲の世界が克明に描き出される。アンジェリーナが領主軍と、シズクが騎士団とそれぞれ邂逅したのが見て取れた。


 流れ込んでくる大量の情報に耐えながら、全体を把握した俺は小さく頷く。


「亜人にパン切れをやった人間を騎士団が殺したなんざ、さすがに噂に過ぎないと思っていたが……。あながち嘘でもなさそうだ」


 想定される最悪の事態とは狼人ウェアウルフの全滅。それは戦による死に限らない。里の外に彼らの居場所がない以上、里を蹂躙されることは全滅と同義だ。


 ならば里に籠城するべきか。否、二番目に悪い事態が考えられる。


 亜人が絡む以上、騎士団が出てくることは予想できた。彼らが里よりも先にキヌイを焼き払う可能性が無視できなかったのだ。何より事実としてそうなった。


 本来なら俺がキヌイへ向かうべき場面だろう。


 だがそれに、シズクとコエさんが待ったをかけた。


「マージにもマージの戦いがあるはずだ。戦士としての決闘を、ボクらのために犠牲にしないでくれ」


「指揮所は私とアサギ様で預かりましょう。どうかマスター、貴方の思うがままに」


 キヌイと里は自分たちに任せろと、そう言って譲らなかった。アンジェリーナもキヌイとこちらが決着するまで領主軍を足止めしてくれている。


「……臣下の気遣いを汲むのも王の度量とは、なかなか難しいもんだな」


 の気配を捉えたことを口に出してしまったのが運の尽きだったかと、思わず苦笑いが漏れた。


 里は今も危機の最中にあり、些細なこと悲劇へと変わるだろう。それを脱するために俺が抑えるべき一点が今この草原にある。


「なんで見つかってしまったのか。ゆっくりと膝を抱えて原因を考え込みたいのは山々だが」


 目を開く。視線を向ける先で、まだ肉眼では捉えられない『何か』が閃いた。


「反省会は後回しだな」


 ひとりごちた直後、衝撃が俺の横を駆け抜けた。


 ガキン、と硬質なもの同士が激突する音に耳が痺れる。超速度で去来した『何か』は、俺を守る二体のゴーレムに阻まれて草原へと転がった。


 それは矢でも砲弾でもない。白銀の直剣を手にした人間だ。草原が風に揺れる中、一人の男がゆらりと立ち上がった。


「見つけたぜェ、マァジィィィィィィ!!!」

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