53.邂逅 -1
「おい、こんなところに本当に反乱軍がいるのか……? キヌイとかいう田舎町がひとつあるだけだろ」
戦列を組む兵士の一人が隣の男に小声で話しかけた。
アビーク公の私兵において、彼は執事兼秘書が言うところの『雑兵』にあたる。それであっても兜、肩当て、胸当て、鎖帷子など要所を確実に防御した装備が、公の軍備水準の高さを物語っていた。
「無駄口を叩くな。潜める場所が少ないなら敵も少ない。それに越したことはない」
「それはそうだけども。そんな相手に一大隊とそれに……!?」
行進していた彼の足が、ぴたりと止まった。
目の前の大地が軍の行く手を阻んだ。壁と化した地面がゆっくりと崩れ、現れたのは白磁の巨人。
「ゴーレム!? ほ、本当に出た……!」
事前に隊長より通達がなされていた。敵方にゴーレム使いがいる可能性あり、と。
しかし一般兵にとってはゴーレムなどおとぎ話の存在だ。実在することは知っている、だが一生触れることなどない、言ってしまえば王子様やお姫様と大差ないような『未知のナニカ』。
その程度の覚悟では、眼前に立つ巨人を前に歩を進めることなどできなかった。
「前方に
「中隊砲の用意急げ! 発射準備完了まで防衛せよ!」
隊長の激が飛び、固まっていた兵士たちが動き出す。だがその胸のうちにある思いは皆同じ。
「どう防衛しろっていうんだ……!?」
その様子を、赤髪の錬金術士は山の樹上から見下ろしていた。
「混乱あれど立て直しは迅速なり、ですか。これ死なせるなってのは難儀するですよマージさん。……ジェリの責任かもなので、頑張るですが」
◆◆◆
同刻、キヌイ中心部に住人たちが集まっていた。町長が何者かに拉致された混乱の最中に起きた異変。誰が号令するともなく誰が決めるともなく、皆が町の真ん中へと自然に足を運んできている。
「なんで領主様の軍がこんなところに……!?」
「通りかかっただけだろう。もしここに滞在するなら特需だぞ!」
「いや、もう何かと戦ってるみたいだ!」
「ね、ねえ。もしかして最近噂になってたやつじゃない? あのシズクって亜人が仲間を連れてきて、自分を苦しめた人間を根絶やしにって……。領主様がそれに気づいて来てくれたのかも」
誰もが浮足立ち、流言飛語が飛び交う。それを叱りつけるように一人の女がやにわに顔を出した。
「あんたら、大の大人が雁首揃えて井戸端会議かい!? んなヒマがあるんなら家財をまとめておきな! 滞在だとしても場所を空けなきゃ入り切らないだろう!?」
それはそうだが、と煮え切らない様子の住人たちにリノノは歯噛みする。彼女とて町に領主の軍がやって来るなど初めてのことであり、やはり心中の戸惑いは隠せない。
「マージさん、シズクちゃんよ。本当にあんたらなのかい……?」
困惑と恐怖に町が包まれる中、ふと、道行く人々の視線が通りの端に集まった。リノノも気づいてそちらに意識を向けてみて、日光を反射して白銀に輝く一団に思わず目を覆った。
騎馬隊だった。磨き上げられた重厚なる全身鎧に、しかし顔と頭が見える奇妙な意匠の兜。その姿から分かるのはただ一点。
彼らは『亜人ではない』ということだ。
「騎士団だ……!」
誰かが呟いた。
騎士団。ヒトとそれ以外を分かつもの。その武勇は誰もが耳にする、しかし音に聞こえる危険さと過激さゆえに深く踏み込むのを憚る国家直属組織。
「我らは白鳳騎士団。七つの騎士団のうち、神速を旨とする部隊である」
先頭に立つ浅黒い肌の男が、よく通る声を朗々と張り上げた。
「この度、この近辺にて亜人の反乱の予兆ありと報告がなされた。そしてこのキヌイにおいても亜人が生息し、今なお邪なる
住人たちが口々に「やっぱり」「助けに来てくれた」「大丈夫なのか」と呟きあう中。
一人の小太りな男が、前へと進み出た。
「い、いやですねー騎士様。ハカリゴトだなんてそんなそんな。ちょっとした犬っころとのじゃれ合いがあったくらいでハハハ」
「ちょっとゲラン! やめな!」
「皆様にわざわざお越しいただくほどのことはありませんって、ええ!」
リノノが仰天するが、ゲランは構わず騎士へと近づいてゆく。彼はシズクを通した取引で利益を得ようと初期投資をしたばかりの身。それを守るべく動いたつもり、だったのであろうが。
「住人の証言により、亜人との癒着を確認」
騎士は馬上で直剣を抜き放った。
「へ?」
「『正常化』を開始する」
白銀が、翻った。
鮮血が散り、白昼の通りを赤黒く染める。一足早く飛び出したリノノが突き飛ばして急所は逸れたが、ゲランの右腕は肘から先がなくなっていた。
「ま、またワタシの右腕があああああああ!!」
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