50.見つけた

「ジェリはゴーレムを使って労働力不足を解消します。代わりにジェリの身の安全と衣食住、それに工房用の土地と資材と清潔なベッドとそれと……」


『命だけは助けてください』かと思ったら、完全に自分の研究所をここに作る気でいる。心臓に神銀ミスリルの毛でも生えてるんだろうか。


 色々と予想外ではあったものの、彼女が滞在すれば相応のメリットがあるのもまた事実。取引を受け入れると、アンジェリーナは満足気に頷いた。


「図らずも自分の工房が強化されました。これで【技巧貸与スキル・レンダー】とゴーレムを存分に研究できます」


「そうまでしたところ残念だが、【技巧貸与スキル・レンダー】はそんな都合のいいスキルじゃない」


「世のことわりは常にトレードオフ。もちろん代償リスクは想定してるです」


「その【泥土デイド嬰児ミドリゴ】を失う可能性があってもか?」


 アルトラたちの愚行を繰り返すわけにはいかないと説明してみる。

 その点でこういう頭で動くタイプはむしろ御しやすい。理路整然と説明すれば理解するし納得するのならそれに越したことはないのだから。


 スキルの仕様と利息についてひと通り聞き終えると、ジェリは「それで?」といった顔で首を傾げた。


「あげてもいいですよ? 【泥土デイド嬰児ミドリゴ】」


「……何?」


「確かに【泥土の嬰児】があればゴーレムを作るまではできます。でも製作と運用は別問題。ジェリがゴーレムを一番上手く使えるのですから、またジェリに貸し戻すに決まってるです」


 大した自信だ。学者として極めたがゆえのものだろうか。

 実際、俺がゴーレムを全て操作して畑仕事をさせるなんざ大変なだけだ。任せられるところは任せた方がいい。


「なら、取引成立だ。里から脱走しようとでもしない限りは自由にしていい。あくまで補助としての役割を頼む」


「合点承知」






 翌日から早速ゴーレムによる作業の効率化が始まった。力が強く疲れを知らないとはいえ、家を踏み潰したりはしまいかと懐疑的な目を向ける狼人ウェアウルフもいたが……。


 蓋を開けてみれば、『万能ではないが便利な農具』というのが里人たちの評価だった。水路の走る里を俺より頭ひとつ分ほど大きな土人形が闊歩する姿はなかなか壮観だ。アサギも進捗を確認して満足気に頷いている。


「餌を食べず倍力の農耕馬、でございますな。こと水路掘りでの働きが目覚ましいようです」


といの幅を調整して整流化と損失水頭の最小化まで終わらせたです。ついでにお魚でも泳がせますか?」


「魚もいいが、次は損失量も出してくれるとダンジョン内の作業量が決まって助かるな。地面への浸透と蒸発分だけでいいから頼めるか」


「合点承知」


 ゴーレムに加えてアンジェリーナ自身の計算能力が頼もしい。経験に基づく知識はアサギに軍配が上がる一方、学術としての知識はアンジェリーナが圧倒的だった。


「犬型ゴーレムでコツコツ匂いをたどって来て、最初にするのが流体力学とは思わなかったですが」


「そんな方法でここを見つけたのか……。まさかとは思うが、誰かにあとをつけられたりはしてないだろうな」


 念のためにと確認すると、アンジェリーナは「抜かりなく」と胸を張った。


「ジェリも尾行の可能性なら勘案したです。変態さんはマージさんのこと探してるってエリアちゃんから聞いたですから。なので、二ヶ月かけて来ました」


「二ヶ月」


 二ヶ月。


「山を越え谷を越え、朝に歩いたり夜に歩いたり。あっちへこっちへ振り回しながら来たです。もし後ろをつけていた人がいてもとっくに見失っているでしょう」


「ゴーレムを足代わりにしているからこそ、か」


「です。最後の大きいのも、道が険しくなってきてから作ったですから。人目にはついてはいないはずです」


「ふむ……」


 確実を期したいところではあるが、ちょうど作業をひとつ終えた狼人ウェアウルフたちが指示を仰ぎにきたことで話は中断された。









 その前日。


 長旅で消耗しきった姿で、しかし眼光だけは執念深く彼方を見つめる男がいた。その視線の先には木々を見下ろす巨大な土人形。それはなぜか山の真中で解体すると、そのまま出てくることはなかった。


 遥か遠目ではあったが、男はそこが自分の目指した場所だと確信した。


「あそこにいるのかァ……マージィ……!!」

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