51.アビーク公爵邸にて

「はて、命をお大事にと申し上げたはずですが?」


 黒服の執事兼秘書は片眼鏡を持ち上げて眉をひそめる。大領主たるアビーク公爵に仕える彼も多忙な身であったが、S級パーティのリーダーに正式な手続きを踏まれれば無下にするわけにもいかない。一度失敗したとはいえそれだけの権威がS級にはある。


 かくしてアビーク公爵邸の客間には、アビーク公への面会を願う『神銀の剣』リーダー、アルトラがどっかりと座っていた。


「ご忠告痛み入りますがね、こちとら明日をも知れぬ冒険者稼業。命を張らなきゃあ何にもできねえんですわ」


「道理ですな。しかし、申し上げたはずです。我が主に面会できるとすればどんな時か」


「それはもう覚えてますとも」


 御披露目会で失態を演じたアルトラは弁解の機会を望んだ。しかしそれは叶わず、この執事より出されたのは『実質的に不可能』とも言える条件だった。


『天変地異か、それか民衆の蜂起にでも気づかれたらおいでくださいませ。領地を治める者としてお会いくださるかもしれませんよ』


 しかし実質的に不可能と不可能とは違う。


「天変地異か反乱をお見つけになったのですね。さて、いずれでしょう?」


「まずは証人を呼びましょう。来い!」


「は、はい……」


 アルトラの乱暴な呼びかけに応じてドアを開いたのは老齢の男。明らかに憔悴し、手には枷がかけられている。


「アルトラ様、無辜の市民に枷をかけるなど許されざることです。確証があってのことなのでしょうな?」


「宿場町のキヌイは知ってますよね? こいつはそこの町長です」


「……ほう?」


 執事の目が光り、町長はビクリと身体を震わせた。反応ヨシと見てアルトラは勢いづく。


「俺に聞かせた通りに言え。隠したりごまかせば首を飛ばす」


「め、めっそうもない!」


「アルトラ様、あくまで理知的にお願いいたします。まずは貴方のお名前とお立場を」


「わ、私はヴィントルと申します。キヌイの町長を務めて一〇年になります。これが証印です」


 アルトラの紹介と食い違いが無いことを確かめ、執事は先を促す。


「キヌイには、どこからかやってきた狼人ウェアウルフが一人住んでおりました。それが最近、ある旅人の庇護を得たようなのですが、その……」


「もたもたするんじゃねえ。優しく聞いてるうちが華だぞ」


「ひっ。た、旅人とどこかへ消えたと思ったら、急に大量の物資を買い付けるようになったのです!」


 キヌイ町長ヴィントルはマージによって利益を得ていると同時に借金のある身。マージの理解者でもあり、口の軽い人間ではなかったが……。


 S級冒険者アルトラに詰問され、領主の館へ呼び出されては隠し通すなど無理な話であった。


「物資、とは?」


「は、食糧、建材、穀物の種籾、農具、最近では少量ですが武器なども……」


「ふむ」


 思案する素振りを見せる執事に、アルトラは得意げに言う。


「私がキヌイ近くで怪しげな動きを察知しましてね。ちょっと『ご協力』を願ったら出るわ出るわ。こんなんで、どうでしょう?」


「何がおっしゃりたいのです?」


「『民衆の蜂起・・・・・』。それも狼人ウェアウルフの反乱の匂いがしませんか……!?」


 二つある条件、天変地異と並ぶもう一方。


 これは重要な情報だと主張するアルトラを脇に置き、執事は町長に尋ねる。


「ヴィントル様」


「は、はい」


「貴方とは初対面です。ですが、お名前は最近お目にかかりましたね」


「そ、それは……!」


「あん?」


 執事はアルトラの方をちらと見て、まあいいでしょうと言いたげに口を開いた。


「実はアルトラ様との一件があって間もなく、当家の私兵が殉職したのです。私兵と言いましても雑兵ではありません。ベルマン隊といい、確かな実績もある精鋭たちです」


「おっと、そりゃまたどうして?」


 殉職の二文字にニヤニヤと笑うアルトラ。執事は眉をひそめつつも先を継ぐ。


「彼らは魔物の調査をしておりました。その際、大きな群れと遭遇して残念ながら……と。隊長以下三名が死亡、一名が行方不明と報告が為されたのです。このキヌイ町長、ヴィントル様の名で」


「う、嘘は申しておりません! 町の方で魔物の討伐を依頼した人物から、遺品とともにそう聞かされたのです!」


「その者の名は?」


「ま、マージ=シウさんです……」


「執事さん、そのマージってのがですね」


 町長の言葉に、アルトラはゲゲゲと笑った。


「俺のパーティの裏切り者で、さっきの狼人ウェアウルフを拾った旅人。色んな物資を買い漁ってる張本人なんですよ……!」


「……!」


 死者、裏切り者、亜人、不審な物資調達。様々な事象が組木細工のように繋がっていく感覚に執事は小さく息を呑む。それを好機とみたか、アルトラは大きく胸を張ってみせた。


「ご安心を! S級にいたといっても奴は雑魚! ちょっとばかし強くはなってるようですが、ええ! 私と・・公爵様のお力を合わせれば一捻りですとも!」


 再び思案する執事。これは自分の与えられた権限を超えると判断したか、アルトラに奥の扉を指し示した。


「旦那様がお待ちです。どうぞ奥へ」


「くく、ハハハ! 見てろマージ! お前に取られたもん、全部取り返してやるからなァ!!」

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