49.土塊人形<ゴーレム> -2

「ゴーレムだ」


 錬金術士向きの難関スキルで、ゴーレムを生み出す【泥土デイド嬰児ミドリゴ】。


 使える人間など数えるほどしかいないはずのゴーレムそれが俺の感知範囲に突如現れた。まさかと思って意識を集中してみても、そのゴツゴツとした身体が鮮明になるばかりだ。


「マージの、じゃないんだよね」


「ああ、里の東寄りにいきなり現れた。さすがに何かの間違いと思いたいが……」


 周りの狼人ウェアウルフともども、そちらに目をやる。


 山奥にいきなり規格外のゴーレムが現れる。そんなことがあるものかと思っていたが、バキバキと木と岩を踏み砕く音が確かに聞こえる。里の誰かがぼそりと呟く。


「ゴーレムだ……」


 木々をなぎ倒すように、白い巨体が姿を現した。


「野生のゴーレム、っている?」


「いない。ダンジョン内ならともかく、地上であの大きさが彷徨っていれば騎士団に討伐されているはずだ」


 騎士団の名にアサギの表情が硬くなる。


「騎士団か……。彼奴らめ、亜人も人形も変わらぬと申しますか」


「ここにも伝わってたか。まあ、そういう連中だ」


 騎士団とは国家直属の軍事力であり、主に独自判断で動く部隊の名だ。その目的は『人とそれ以外を分かつこと』。俺を含む『人間』をヒト種で最も優れた存在とし、シズクたちのような亜人が反抗すれば一切の情を見せず討滅する。


 かつて亜人と人間の争いが激しかった時代、無力な市民を亜人から守る『盾』として設立された強者の群れ。時を経て亜人も減った今では、人型とみれば全てを異端として扱うまでに過激化しているという。


 その極端な行動原理はたびたび問題視されているが……。一方で熱狂的な支持者も存在するのが面倒な点だ。反抗的な亜人にパン切れを渡しただけで殺された人の噂もある。


「噂は噂、どこまで本当かは分からないがな。とにかく騎士団に討滅されていないならつい最近造られたものだ。近くに隠れている術士を叩けば動きは止まるはず」


「……山中に潜まれているとすれば骨ですな」


『敵兵器としてのゴーレム』。その最も厄介な点は、実は力が強いことでも身体が硬いことでもない。


『歩ける』ことだ。


 ゴーレム自身が歩行できるために術士が必ずしも近くにいなくてもよい。知性が無いゆえ、術士の指示がなくては単純な命令しかこなせないだろうが……。安全地帯から一方的に攻撃できるメリットはそれを補って余りある。


「マージ、どうする」


 シズクに尋ねられて思案する。あの大きさでは崩落しただけで里に被害が出かねない。仮に術士ホンタイを見つけても、倒す前にゴーレムを里から引き離さなくては。


「シズクはアサギと協力し、皆をひとところに集めろ。戦闘になっても巻き込まれることのないように」


「分かった」


「あとは、俺がやる」


 かくしてゴーレムとの戦闘を始めたところ、肩にいた赤髪の女に挨拶をされて今に至る。小柄すぎて遠目には全く気づけなかった。


「改めまして、アンジェリーナです。錬金術士です」


 ゴーレムを小さく作り直し、アンジェリーナは家ほどの大きさになったそれの手のひらで敬礼する。軍人にも見えないし彼女の趣味か何かだろうか。


「マージ=シウだ。俺のことを知ってるのか」


「変態さん……アルトラさんから聞いて来たです」


 そういえば、アルトラが俺を追い出す代わりに錬金術士を入れると言っていた記憶がある。このアンジェリーナがそれか。


「なら、俺を探しに来たのはアルトラの命令か」


 周囲の狼人が身構えるが、ジェリはそんなものは目に入っていないとばかりに身を乗り出した。


「いえいえ、【技巧貸与スキル・レンダー】さんに用があるです。純然たる学術的興味です」


 やたらと目がキラキラ、あるいはギラギラしている様子からして嘘を吐いているようには見えない。


「……悪意がないのはひとまず信じるとして」


「ありがとうございます」


 だが、俺たちの立場は彼女の興味とは別にある。


「君は学術院にはもう帰れない。ここを外に知られるわけにはいかないからだ」


 俺の言葉に、アンジェリーナはぐるりと周囲を見渡した。


「ふむ? 言われてみれば、ここには狼人ウェアウルフさんたちが隠れ住んでるですか。確かに騎士団とかが怖いやつです」


「気づいてなかったのか……。残念だがそういうことだ。君が何を解き明かしても、それを誰にも伝えられない」


 どうやら彼女には俺しか見えていなかったらしい。ようやく自分の置かれた状況を把握し、アンジェリーナは思案すること一秒。


「発表なんかしてもしなくても分かったことに変わりはないので、そこは別にいいです。それを踏まえて取引を提案するです」


「取引?」


 俺がゴーレムを砕けることは先の衝突で分かったはず。力ずくでも逃げることのできない状況に臆することなく、彼女は指をピッと立てた。


「おそらく皆さんが直面している最大の問題は『労働力不足』、ですね? さっきこの子ゴーレムの肩から里の全景を見たです。立派な水田があるですが、耕作面積から推測できる必要労働力に家や人の数が釣り合ってないです」


「そこまで分かるのか」


「ジェリはゴーレムを使って労働力不足を解消します。代わりにジェリの身の安全と衣食住、それに工房用の土地と資材と清潔なベッドとそれと……」


「こやつ、どんな心臓をしておるのだ……?」


 アサギが思わず呟いた。『命だけは助けてください』かと思ったら、完全に自分の研究所をここに作る気でいる。聞きはしないが「帰れないなら作る。当たり前です」なんて真顔で言いそうだ。


 それでも。彼女の存在に相応のメリットがあるのもまた事実だった。


「いいだろう。十四番目以外は認める」


「やっぱりだめですか。仕方ないです」


 十四番目の要求は『【技巧貸与スキル・レンダー】と同居』だった。

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