48.土塊人形<ゴーレム>

 それは、見上げるばかりの威容だった。


「……ダンジョン攻略で使うには大きすぎるな」


 人を寄せ付けぬ険しい山々をものともせず踏み越え、白磁の人型が木々をなぎ倒すように現れた。


 土塊人形ゴーレム


 スキルでその存在を感知しても、目で見るまで信じられなかった。それほどまでに規格外な大きさと精度の土人形。知識でしか知らない石の巨人は、何を思ってかじっと里を見下ろしている。


「マージ、どうする」


「シズクはアサギと協力し、皆をひとところに集めろ。戦闘になっても巻き込まれることのないようにだ」


「分かった」


 シズクが駆けてゆくのを見送り、改めてゴーレムを見上げる。あの目立ちようで偵察ということもあるまい。里に踏み込まれれば歩くだけで壊滅だ。


「コエさん、あの方向には?」


「機織り小屋などが集まる生産区域です。破壊されれば復旧には少々時間がかかるかと」


「あれより先には行かせられない、か」


 ダンジョンで戦った鳥黐蝸牛スネア・スネイルと比しても遜色ない巨体で、しかも二足歩行。どれほどの力を秘めているのか未知数だがやるしかあるまい。


「【阿修羅の六腕】、起動。まずは里から引き離す」


「はい、マスター」


 不可視の六腕が現れる。地を打って跳び上がり、一直線にゴーレムへと肉薄した。


「……硬いな」


 三つの拳で顔面を砕いたが手足は健在。追撃を――。


「もしかして【技巧貸与スキル・レンダー】さんです?」


「ッ!?」


「どうもどうも。ご挨拶に伺ったですが、ひょっとしてお取り込み中ですか」


「……お陰様で」


 ゴーレムの肩に乗った赤髪の少女になぜか挨拶され、俺は振りかぶった拳の行方を見失った。






    ◆◆◆






 俺が里にやってきて二ヶ月半ほどが経った。


 食糧の備蓄は早々に底をつき、キヌイからの仕入れた食糧で皆の腹を満たす時期に入っている。早めに手を打ったことが功を奏した形だ。おかげで飢えは回避されたし、その次に恐れていた、

『捕虜にダンジョンを採掘させることで労せず糧を得ることに、里の者たちが甘んじてしまう』

という事態にも至っていない。


 むしろ捕虜に養われるなど狼人族の名折れ。そう言って俺やベルマンたちにダンジョン探索術を習う者が現れているほどだ。中心になっているのはメロへの厳罰を主張した、あの黒髪の若者。彼が旗振り役となり、悪戦苦闘しながらも最奥到達を目指して訓練が続けられている。


 遠からず、農耕と採掘が二本柱として両立叶う日も来るかもしれない。


 もう一本の柱である農作についても、アサギが里の者たちと日々議論を交わしている。


「この時期は分けつと言いまして、茎が枝分かれして増えるのです。麦の場合ですと茎を踏んで折るなどして多すぎず少なすぎずとするのですが……」


「稲でも有効かもしれぬ。試してみよ。水を抜くことも考えてくれ」


「やはり雑草の被害が無視できませぬ」


「年を経れば減ってゆこう。今は手で毟って耐えよ」


「一部の稲に病害のようなものが……」


「悪いものはすぐに取り除き、塩や酢などを……」


 麦を栽培した際に相当な試行錯誤を行ったらしく、その経験が稲にも生かされている。とはいえ全く同じでない上に、如何ともし難い違いが頭をもたげていた。


「マージ殿」


「あ、ああ。ご苦労だったなアサギ」


「人手が、足りませぬ」


 麦は、露地に種をばら撒いて育てるのが一般的だ。この里で麦を作ろうとした時にもそうしたという。


 一方、稲は予め安全な場所で根が出るまで育て、それを水田へと移植する。さらに水の量によって生育を制御できるのだ。これにより、一粒の種から得られる収穫量は時に麦の一〇倍を上回る。


 連作障害が出ない上に収穫の効率もよい。狼の隠れ里に適している反面、かかる労力も多大であった。


「マージ、人が増えるスキルとか……」


「流石に無い。ゴーレムでも使えれば別なんだろうが、あれはちょっとな」


「何か問題が?」


「習得できないんだ、そう簡単には」


 スキルにも習得の難い易いがある。


 中でもゴーレムを生み出して操るスキル【泥土デイド嬰児ミドリゴ】は別格だ。曰く、錬金術士としての全てを捧げて習得するまでの難スキル。扱える者は数えるほどしかおらず、その者たちは他のスキルをせいぜい一つか二つしか持たないという。


「パーティにスキルを配布する立場だった俺には、どうにも手の出しづらいスキルだっ……た……?」


「マージ殿、いかがした」


 里の周辺にゆるく張り巡らせていた意識が、不意に異常を察知した。


「……ゴーレムだ」

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