47.飴と鞭

「ボクだ」


「……出たあああああああああ!!」


 その姿は二人が見慣れたものより身綺麗にはなっていたが、見間違おうはずもない。ゲランとその手勢をたった一人で叩きのめした狼人ウェアウルフ、シズクがそこに立っていた。


「大きい声を出すな」


「な、な、キヌイを出ていったはずじゃ!?」


「出かけてただけだ。お前に仕入れて欲しいものがあって戻って来た」


「仕入れ……? なんでワタシが!」


「マージが言ってた。『奴は手を切り落とされても金を手放さなかった。追い詰められても「金をやるから助けて」とは最後まで言わなかった』って」


「あ、当たり前だ! やらんでいい金をやるバカがどこにいる!」


 わめくゲランを横目にツカツカと部屋に入ると、シズクは手近な椅子に腰をおろした。


「そういうところだ。お前は下衆で下品で性根もネジ曲がってるし、ついでに髪も薄い」


「ぐぐぐ……!」


「でも、手元の金を守ることに関して『だけ』は誰よりも信用できる。手堅く何かを仕入れさせるにはもってこいだ」


 だからマージはゲランを選んだと、シズクはそう言った。対するゲランはギリギリと歯ぎしりをしてからフンと鼻を鳴らす。


「言わせておけば失礼な! 帰れ帰れ! ワタシが貴様らに手を貸すとでも思ったかね!?」


「忘れてないか。お前の財産は全部マージのもの。持っていかなかった分は許したんじゃなく、預けてるだけだ」


「あ、それは……!」


「協力するなら預けたままにするとマージは言ってる。その金で商売して、儲けを少しこっちに回すだけでいい。ただし無茶な冒険やあくどいことをしたらボクが来る」


 その意味を理解したか、ゲランはバンと机を叩いた。


「つまりまた投資か! 寝ているだけでワタシの儲けを持っていけるとは、あいつめなんと羨ましい立場を……!」


「ひとまず今日までの回収分として、ここに書いてあるものを仕入れて町長の家に持っていけ。そこからボクらに渡る手はずになってる」


 まだ反抗的な目をしていたゲランだったが、町長までマージの手の内だと知ってがっくり肩を落とした。


「ワタシの……ワタシの商売が……」


「ああそうだ。お前にはもうひとつ任せる仕事がある」


 シズクが取り出したのは鉱石の塊だった。黒い石にチラチラと白銀が光るそれを手にとって、ゲランは椅子から飛び上がった。


「ここここれはもしや、神銀ミスリルの鉱石!?」


「リノノ宝飾店は知ってるな?」


「あ、ああ。あの強気な女の」


「リノノは貴金属商人からの信頼が厚い。彼女を通じてこれや他の鉱物を換金する商売をしていい」


 シズクの言葉にゲランは頭の中の計算尺を動かす。


「リノノの奴を通して……相場が……上納が……うほほほほほほ!」


「……気持ち悪いな。やるのか、やらないのか」


「やる! いや、やらせていただきます!」







    ◆◆◆







 先日の会議と同じ高台で、俺はキヌイから戻ったシズクの報告を聞いていた。


「上手くいったよ、マージ」


「ああ、ご苦労。よくやった」


 ほぼ俺の計画通りと言っていい内容だ。これで安定してダンジョン産の品を換金しつつ、里の外から種や食糧を買い付けられるだろう。


 リノノは一人で店を切り盛りする目利きの職人だ。いきなり大量の鉱石や原石を売りさばけと言われても難しい。その点、ゲランは大人数を使った商売に慣れている。


 俺たちは資金と商品を。


 リノノは目利きと信用を。


 ゲランは商売の経験と組織力を。


 それぞれが持っているものを出し合い、利益を最大化することができるだろう。


「ゲランまで儲けさせることないんじゃない?」


「敵は殺すよりも取り込んで利用する方がいい。そのためには鞭だけじゃなく飴も必要ってことだ」


「なるほど、そうやって勢力を伸ばしていくんだ……」


「ひとまず下地は整った。あとは結果を待つだけだ」


 眼下に広がる里の風景は少しずつ様変わりしている。まず『蒼のさいはて』から水路を引き、死んだ麦畑を再利用して水田とした。森に積もった落ち葉を集めて肥料にするための山道も整備しているところだ。


 狼人ウェアウルフたちは俺が貸したスキルを勤勉に使いこなし、色々な作業を着実に進めている。


「皆があんなに張り切って仕事してるのなんて、ボクも初めて見るかもしれない」


「あの期待に応えないとな」


「できるよ、きっと」








 こうしている間に一人の錬金術士が里に迫っていたことを、俺たちが知るよしもなく。


 二ヶ月ほどが何事もなく経過した。

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