45.『王』
「差し当たって最大の問題は、やはり食糧かと」
俺が王位について一週間。おおよそやるべきことは見えてきた。
里の様子を見渡せる高台には俺とコエさん、それにアサギとシズクと里の者が数名集まっている。
「今までは『蒼のさいはて』で魔物を狩り、その肉で食いつないでいたんだったな」
尋ねると、里の者がそれぞれ答えてくれた。
「ええ。森は小規模で獣も少なく、狩りは十分にはできませぬ。麦の種籾を手に入れて栽培を試みたこともあったのですが……。最初はいくらか作れても、だんだんと収穫量や質が落ちてしまい失敗しました」
「それで『蒼のさいはて』に食糧を求めましたが、やはり魔物は手強い上に食える種類も多くなく……」
里の人口はだいたい四〇人。これがこの土地で養えるギリギリだったのだろう。ダンジョンの『王』がいなくなって魔物が湧かなくなった今、この四〇人が腹を満たせるだけの食糧の確保が急務だった。
「今、捕虜たちにダンジョンで資源を探させてる。うまく見つかれば目処も立つはずだ」
「恐れながら、マージ殿」
前に出たのはアサギだ。俺が王となって里長の職は解かれたが、やはりこれまで里を治めてきた実績は評価すべきところ。今も実務的な部分はほとんど彼に任せている。
王は君臨せよ、されど統治はするべからず。過去にそんな言葉を残した歴史家がいると聞くが至言だと思う。
「どうしたアサギ」
「確かに『蒼のさいはて』では価値ある資源や宝物が見つかりましょう。私も同様に考えて捕虜にそう命じました。しかし、いつまで何が採れるとも知れぬ洞窟に頼った生活は……自立とはやはり呼び難く」
こういうところがアサギのいいところだ。目先の利益に惑わされず、広く長い視野で物事を見ることができる。
ちょっと長い目すぎることがあるのが玉に瑕だが。
「ああ、分かってる。俺が探させてる資源は高純度の
「と、言いますと?」
「ん、ちょうど結果を聞けそうだ」
そんな話をしていたら、ちょうど探索者たちがやってくるのがスキルにかかった。こちらへとまっすぐ向かってくる。
「見つかった! 見つかったぞ!」
「質も量も十分です! 見本もとってきました!」
息を切らして走ってきたのはアビーク公の精兵で、メロの仲間だった剣士と魔術師たちだ。メロが蘇生させ、彼女が里から脱走――あくまで脱走だ――した今も、彼らは日々『蒼のさいはて』へと潜って探索を行っている。
「その前に、洞窟そのものはどうだった。攻略して一週間、普通ならあちこち崩れだしているはずだ」
「いえ、綺麗なものでありました。魔物だけがいないのが不気味なほどに!」
「疑うわけじゃないが、本当に大丈夫だな?」
「天に誓って!
「よし」
ダンジョン『蒼のさいはて』を利用する。それは何も資源を掘るばかりじゃない。
「マージ殿、こやつらは何を言っているのですか?」
「ひとつ試していたことがあるんだ。うまくいくか分からなかったから、ぬか喜びさせないよう皆には黙っていた。すまない」
「いえいえそのような。して、何をお試しに?」
俺が目指したのは『蒼のさいはて』の保管だ。
ダンジョンは最奥の『王』が要石だ。『王』を失ったダンジョンはそれこそ要石を外した橋のようにガラガラと崩落する。ならば。
「新しい『王』を用意すればいいんじゃないか。そう考えた」
「は? た、たしかに理屈はそうやもしれませぬが……。S級ダンジョンの『王』が務まる魔物など、どこから連れてくるというのです」
「連れてきていたんだ。卵だけどな」
「卵……?」
S級ダンジョン『魔の来たる深淵』。
その『王』にして不滅の蛇龍ヴリトラを俺は倒し、その際に忘れ形見を持ち帰った。
「ヴリトラの卵。それを『蒼のさいはて』最奥に設置したことで洞窟は再び安定化した」
「なんと……!」
「卵でもダンジョンを維持できるだけの力がある龍だ。きっと孵化し、成長するにつれてダンジョン内も充実していくだろう」
卵を育てる場所を見つけるのは俺の旅の目的のひとつだった。カゴに入れてパンをあげていれば育つような生き物でもなし、こういう場所を探していたのだ。
「この里は、白の龍と、そして『蒼のさいはて』とともに生きる。そのための第一歩は成功した」
そしてダンジョンが長持ちするなら、探させた資源も機能するはず。俺は報告を聞くべく、捕虜の剣士に向き直った。
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