44.【アルトラ側】人生最大のチャンス・滅 -2

 アンジェリーナは、アルトラに向けて指を一本立てた。


「変態剣士さんとジェリのゴーレムとで一本勝負です。変態さんが勝ったらパーティに入るです」


「なんだと?」


「冒険者なら拳で語るです。第一、学者に負ける剣士についていく云われもありません。まして変態さんですし!」


 不味い、とアルトラは思った。


 土塊人形ゴーレムといえば錬金術士が使う傀儡人形の名。土がある限りいくらでも湧いてくると聞いている。制御の利かない【剣聖】にとって相性最悪な『群れ』の敵だ。


「……上等じゃねえか」


 受ける以外の選択肢など、アルトラには残されていないのだが。受けなくてはジェリは帰ってしまう。何より学者との一騎打ちに怖気づいたなどと噂が立とうものなら……。


「では、行くです」


 場所を表へと移し、一〇歩ほどの間隔を空けて向き合う。野次馬が集まる中でジェリは地面に手をつくと、小さな掌に意識を集中した。


「【泥土デイド嬰児ミドリゴ】、起動」


 瞬きひとつ分の時間もかからなかった。


 土が盛り上がり、現れたのは人型。質感は陶器に近いだろうか。やや下半身が大きくずんぐりとした人形といった姿をしている。


「いいですねー男前ですねー。遠い遠いいつか、君も人間に生まれ変わったらジェリの旦那様ですよー」


「ゴー!」


 数は、一体。


「は? そのチビだけか?」


「チビとはなんですか! ジェリの一九八三代ほど来世の旦那様ですよ!」


「お、おう」


 仮初とはいえゴーレムも生命。ならば遠い遠い未来に人間として転生することもありうるから、その時には結婚できるね、という理論を展開するアンジェリーナ。


「ご、ゴーレムが人間になるかってのはまあ、ともかくとしてだな」


 いける、とアルトラは思った。


「石の巨人がゾロゾロと出てくるもんかと思ったが。この小さいのを叩き割って本体ジェリを叩きゃあいいんなら余裕だぜ……!」


「ジェリはいつでもいいです」


「オレもいつでもいいぜ。おいエリア、合図しろ!」


 剣を抜き放ち、隣で骨付き肉を食べていたエリアに開始の合図を命ずる。


「了解。……用意」


 エリアは言われるがまま右手の肉を掲げると、それを勢いよく振り下ろした。


「始め」


「行くぜ! ゴーレムといや動きは鈍重って決まってんだよ!」


「――【跳躍】、起動!」


「へ?」


 アルトラの視界から、小さなゴーレムが消えた。


「ど、どこ行った?」


「変態さん」


 キョロキョロと見回すアルトラに、アンジェリーナが指差したのは『上』。


「上? おわっ!」


 アルトラが慌てて飛び退く。直後にズン、と地響きを上げて降ってきたのは、確かに今しがた消えたゴーレムだった。


「『生み出した者の持つスキルを反映できる』。ゴーレム最大の特徴はそこにあるです」


「ゴーレムが、スキルを使えるってことか……!?」


「どんどん行くです。【跳躍】、起動」


 ゴーレムが再び跳び上がった。小さく下半身の強い形状が効果を発揮している。


 屋根より高いその姿を、今度はアルトラもしっかり見上げている。


「ハッ、ネタが割れちまえばそんなもん! 【剣聖】、きど……げっ、足が!?」


 動けない。


 アルトラの両足首は、地面から生えた腕だけのゴーレムにしっかりと掴まれていた。


「一九八四代先の旦那様、ナイスです。さんにーいち、どーん!」


「ぐえっ!」


 アルトラの背中にゴーレムが直撃した。


 ゴーレムにのしかかられて動けないアルトラに、アンジェリーナはしゃがんで目線を合わせる。


「どうです? 白旗ですか、変態さん?」


「う、うるせえ! ゴーレムと恋愛したがるド変態に揚げる白旗なんざねえ!」


「……です?」


「へ?」


「ちなみに」


 アンジェリーナは一度立ち上がると、再び地面に手をついた。


「【泥土デイド嬰児ミドリゴ】、再起動」


 土が盛り上がる。瞬時に形成されたのは形状的にはほぼ同じの、しかし大男のゴードンよりもさらに大きな土人形たち。次々と現れては野次馬の輪を外へと押し出してゆく。


「ゴゴゴッッッ!!」


 まさしくアルトラが想像していた『ゴーレムたち』だった。


「石の巨人がゾロゾロ、ももちろんできるです」


「お、おい?」


「そして、この全員にスキルは反映できるです」


「ま、待て? 落ち着け?」


「【跳躍】、起動」


 巨体が、大地を揺らして跳び上がった。太陽が隠れるほどの影がアルトラの頭上に舞う。


「ひっ」


「悪かったですね、人間に愛されない地味女で」


「そ、そこまで言ってな……ぎゃああああああ!!」


 アルトラの姿が、ゴーレムたちの向こうへと消えた。


「……現実問題、今世の旦那様がいないのが目下の問題です」


「心配無用。きっといつかいい出会いがある」


「エリアちゃんはいい人です。そうだ、ひとつお願いがあるです――」





    ◆◆◆





「はっ!」


「目覚めを確認。おはよう」


 アルトラが目覚めたのは、『神銀の剣』が拠点にしている宿屋の一室。気絶している間に運ばれたらしい。外はすでに夕刻になろうとしており、かなりの時間を眠っていたと理解させられた。


 起き上がってみて、アルトラは背中の痛みに顔をしかめる。


「いでで……。そうだ、アンジェリーナは!?」


「つい先ほど、街を発った」


「くそっ! 出世のチャンスが……!」


 苛立ちのままにベッド横の壁を叩いて、隣の部屋から叩き返された。


「うるせえぞ、粘土人形とネンネしてろ!」


 どうやらすでに勝負の結果も広まっているらしい。


「チッ……。ん?」


 ふと、覚えた違和感。


 部屋から何か無くなっている、ような。


「おいエリア」


「何か?」


「マージの荷物は?」


 ダンジョン『魔の来たる深淵』でマージを追放した際、ゴードンに回収させたマージの荷物と装備。その後はダンジョンに行く機会もなく、部屋の隅にまとめてあったはずだった。


 それがごっそりとなくなっていた。


「アンジェリーナが、マージが身につけていたものを所望した。どうせ使わないと判断し譲渡」


「渡したのか!?」


「同じ皿から食した友情ゆえに」


 この時間までアンジェリーナが出発しなかったのは、エリアと食事しながら友情を育んでいたためだったらしいと。アルトラは理解して頭を抱えた。


「しかし、なんだってアンジェリーナはマージの荷物なんか」


「曰く、嗅覚に特化させたゴーレムで追跡できる可能性がある、とのこと」


「……なんだと!?」


 アルトラはベッドから飛び起きた。


 痛む身体に鞭打って外へ。街で一番高い鐘楼を駆け上がると、ぐるりと見回した。


「――いた!」






「よーしよしよしです。マージさんの匂いを追いかけるですよ」


「ンゴッ!」


「いつか君もジェリも犬に転生する未来があれば、その時は旦那様です」






 アルトラの口角が、ニヤリとつり上がった。

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