43.【アルトラ側】人生最大のチャンス・滅 -1

 錬金術とは、読んで字の如く『金を生み出す技術』のことだ。広義にはそれを扱う学問体系も含めてそう呼ぶ。


「その究極目標は『不可能の証明』にあるとジェリは思うのです。できないことを証明するのは、できることの証明よりもずっと難しい。黄金を作るのだって最後はできてしまったのですから」


 できると思えないことを本当にできないと証明しようとしたら、結果的に可能だと証明されてしまった。その失敗が『成果』として世間に認められた末に今日の錬金術があるのだと、天才錬金術士アンジェリーナは燃える瞳でそう語った。


「だからこそ錬金術は面白いのです。中でも最高なのが土塊人形ゴーレムです。ゴーレムは神です。なんでもできます。なんでもできすぎて最高に最悪です。ゴーレムを使ってもできないことを見つけるのがジェリの夢です」


「お、おお。なるほどな? 夢は大事だ、うん」


「共感」


 出された豪華な食事には目もくれず錬金術の魅力を熱弁するアンジェリーナに、『神銀の剣』リーダーのアルトラはうんうんと意味もなく頷く。


 学者相手なら役に立つかもと連れてきたエリアは隣で目を輝かせるばかり。やはり理系肌なのか楽しんではいるようだったが、肝心の理解は追いついていない。「なんだかすごくすごい話が展開されている」と感嘆するばかりだった。


「それでだなアンジェリーナさんよ。我々『神銀の剣』は君を破格の条件で……」


「あ、それはもういいんで帰ります! 皆様のご活躍をお祈りしてるです!!」


 難解なる錬金術を若くして修めた才媛にして、ギルドや軍からの度重なる勧誘を受けながらも学者一筋であり続けた学問の徒。赤い髪をなびかせて一礼すると、アンジェリーナはさっさと席を立って出口へと歩いていった。


「待て待て待て待て待て! なんでそっちが不採用通知オイノリを出してんだ!!」


「おっととととと」


 ひょいと回れ右させられ、アンジェリーナは自分より頭ひとつ半は上にあるアルトラの顔を睨みつけた。


「なんで止めるですか! ご飯を残したからですか!」


「あれは後でエリアが始末するからいいんだよ! あいつああ見えてよく食うから!」


「おお、健啖家です」


「じゃなくてだな! なんで帰ろうとしてんだ!」


 どうにか足を止めさせたアルトラが上から見下ろす。目を合わせ……たつもりが、身長に似合わず大きくせり出した胸へと視線が吸い込まれた。


「ど、どこ見てるです!? 変態さんですか!?」


「違う! 高低差のせいだ!」


「ジェリは【技巧貸与スキル・レンダー】のマージさんに用があって来たです。変態さんではなく!」


「マ……! い、いやいや。あんな奴いなくてもだな」


 ギルド内では『マージがいたから「神銀の剣」は強かった』という噂はかなり広まりつつあった。そこからの逆転をかけて呼び込むはずのアンジェリーナの口からもその名前が出て、アルトラの背中に汗がじわりと滲む。


「変態さんは【技巧貸与スキル・レンダー】の価値が分からないですか」


「そ、それはだな……」


土塊人形ゴーレムと【技巧貸与スキル・レンダー】のシナジーにできないことはほとんどないです。だからこそ、マージさんとジェリでもできないことを探すために来たのです」


 あくまで目標に近づくためだとするアンジェリーナに、しかしアルトラは食らいつく。


「だとしてもだ! そっちから入りたいって来ておいて、土壇場になってやっぱりやめますは筋が通らねえだろ!」


 さて、とアンジェリーナは胸を支えるように腕を組んだ。


「いざ来てみたらパーティが機能停止しててもです?」


「うぐっ」


「それにジェリはギルドさんから勧誘されたのです。八歳の時にギルド本部のマスターが会いに来て、その場でナプキンに契約書を書いて誘ってくれました。その時は断りましたが、『支部でもどこでも好きな時においで』って言われたのです」


「そ、そうだったのか?」


 用意していた手札が尽きていく感覚に、アルトラの背中がどんどん水浸しになってゆく。


 とはいえ、とアンジェリーナは思案する。


「土壇場で断るのがよくないというのは一理あるです」


「そ、そうだよな!」


「だから、こうするです」


 アンジェリーナは、アルトラに向けて指を一本立てた。


「変態剣士さんとジェリのゴーレムとで一本勝負です。変態さんが勝ったらパーティに入るです」

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