42.【幕間】「マージ様」
「おお、軽いぞ! 材木が軽い!」
「【腕力強化】だ。一〇日の間は使えるから、里の力仕事を引き受けてやってくれ」
「はい、かしこまりましたマージ様!」
マージが王になり、三日目の今日。シズクの案内でマージは里を見て回っていた。行く先々で里人が語る問題や悩みに耳を傾けては、適したスキルを貸し出して解決してみせている。
早朝に
「マージ、次はあっちの機織り小屋に行こう。里で着る服を作ってる施設だ」
「ああ、案内してくれ」
「…………。」
新たな時代を作ろうと動く、そんな二人の様子をシズクの父・アサギはじっと見つめていた。
そして、その夜。夕餉を終えた娘をアサギは呼び止めた。
「シズクよ、少し残りなさい」
「なんでしょうか、父様?」
「マージ殿とのことだ」
前に座った娘にアサギは重い口を開く。その背後には、つい昨日まで宝刀が掛かっていた刀掛台が主を失って静かに佇んでいる。
「マージとの? ま、まさか父様、ボクを側室にしようとする計画を本気で……?」
「それは将来的に考えるとしてだ」
考えるんだ、というシズクの呟きには答えずアサギは腕を組んだ。
「お前、マージ殿を呼び捨てにするとは何事か。我らの王ぞ、主君ぞ」
「……いえその、最初は敵だと思い、その後は取引相手という間柄だったので、つい」
「ふむ? マージ殿に救われたとは聞いたが詳しくはまだであったな。いい機会だ、話してみなさい」
「はい、山を下りた後、まずは路銀をと思い仕事を探したのですが……」
シズクは町での生活を語って聞かせる。仕事はすぐに見つかったこと、賃金を渋られたこと、その日の食事にも事欠いたこと、尾行の可能性を考えて里に帰ることも憚られたこと。
そして、マージが力を貸してくれたこと。アサギはひとつひとつ頷きながら先を促す。
「里に案内する道中で異変に気づき、あとは父様もご存知の通りです」
最後に一度大きく頷き、アサギは所感を述べた。
「シズクよ」
「はい」
「恩人も恩人、大恩人ではないか! 王でなくとも呼び捨てにしてよい方ではないわバカチンが!」
「バカチン!? で、ではなんと呼べば……?」
「マージ様、に決まっておろう。まったく、古き典範に照らせば不敬罪になるところだ」
「不敬罪となりますと、その罰は?」
「斬首だ」
斬首刑。つまり打首。シズクが思わず目を丸くする。
「腹切りではなく、ですか……!?」
「うむ」
「自害ならまだしも斬首とは……」
「それほどに重い罪だったのだ」
「さっそく、明日からマージ様と呼びます」
明けて翌朝。狭い里の案内は一日で終わったため、今日は周りの山を案内する約束になっている。
待ち合わせ場所の井戸にやってきたマージに、先に待っていたシズクは恭しく頭を下げた。
「おはようございます、マージ様」
「【熾天使の恩恵】、起動」
そして再び夜。
「悪い病にかかったものと勘違いされ、治癒スキルをかけて帰されました」
「う、うむ……そうか……」
娘がどう思われているのか心配になったアサギであったが、消沈しているシズクを前に何も言えなかった。
「コエ様に相談してはいかが?」
「母様」
同じ亜麻色の髪と尾であり、シズクの将来の姿とも噂される母・カスミは笹茶をトクトクと注いでゆく。ほのかに甘い香りが立ち上る茶を啜ってほぅと息をついた。
「はぁ、夜のこの一杯がたまりませんねぇ」
「うむ、コエ殿ならばマージ殿のことをよくご存知であろう。明日にでも聞いてみなさい。ご無礼のないようにな」
「分かりました」
次の日の早朝、マージとの待ち合わせ前にシズクはコエの私室を訪ねていた。
コエにも敬語で接しようとしたところ病気と勘違いされかけたので、いつも通りの口調で相談した狼人の娘にコエは首をかしげる。
「呼び名、でございますか。マスターはお気になさらないと思いますが」
「そうもいかないんだよぅ……。ボクもマスターって呼ぼうかな」
「これは私とマスターが特別な関係だからこそですので、シズクさんには適さないかと」
「こ、コエさんもそういうこと言うんだね。独占欲ってやつだね」
「……?」
なお、シズクはコエが生まれた経緯までは詳しく知らない。
「とにかく、なんとかしないとボクの首が飛ぶかもしれないんだよぅ……」
「なんと」
「何かいいのないかな? 敬意があってマージも馴染みのある、マスター以外のやつ」
「それでしたら、適当と思われるものがひとつございます」
「ほんとに!?」
助言を受けたシズクは待ち合わせ場所に走る。やがて現れたマージに駆け寄りながら、大きな声で教わった通りに呼びかけた。
「ご、ご主人たま~~~~~!」
「ちょっとコエさんと大事な話をしてくるから待ってろ」
その後に父・アサギも交えた話し合いが持たれ、特例でこれまで通りの接し方が許されることとなった。
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