41.西へ、西へ
二日後、早朝。
「……さてと」
朝霧の中、メロは少ない荷物を担ぎ直す。その手には縄も枷もない。彼女が立つ道は里の外れへ、そして山中へと続いている。
狼の隠れ里は山奥にある。入るのはもちろん出るのも容易くはないが……そこは兵士として鍛えた身。スキルを失っても踏破するくらいはわけないだろう。
「メロさん」
「おわぅ、ビックリした」
朝霧の中に溶け込むような銀の髪に白い肌。小さな包みを手にしたコエが、音もなくメロの後ろに立っていた。
「行かれるのですね」
「追い出されるって言った方がいいのかも。鍵を開けてくれたのはコエさん?」
「さて、なんのことでしょう」
治癒スキル【熾天使の恩恵】は死後まもなくであれば蘇生すら可能だが、その際に使用者の寿命を蝕む。合わせて四人を蘇生したメロの寿命がどれだけ残っているかは誰にも分からない。あるいは明日にでも死ぬかもしれぬ身だ。
だとしても、里の秘匿を考えれば外へ逃がすなどあってはならないこと。
ならないこと、だが。
「
それでも誰も咎めに来ないのは、そういうことなのだ。そうまでされて留まるほどメロも意を汲めない人間ではなかった。
「こちらはマスターよりの
「マージさんから? 何これ、素材?」
手渡された小さな包みを開くと、棘のようなものが収まっていた。大きなものから切り取られた欠片らしい。
光に透かしてみれば、中が黄色い液体で満たされているのが見て取れる。
「お気をつけて。毒牙の一部ですので」
「……怖さに耐えられなかったら使えってこと?」
自決用かと訝しむメロに、コエは首を横に振る。
「この牙の持ち主の名はヴリトラ。またの名を『死なずの龍』」
「死なずの……?」
「これは猛毒である前に、不死の龍の体液なのです。薬へと加工すれば失われた寿命をいくらかは補えるやもしれません。ここより遥か西の国には学徒の街があるといいます。そこへ行き、これを扱えるだけの知識とスキルを持つ人物をお探しください」
「遥か西って……。あははは、さすがマージさんだ」
声を抑えて笑うメロに、コエは首を傾げる。
「さすが、ですか?」
「ここはアビーク領では西の田舎。ここから西へ向かえば領地の外、もっと言えば国の外だもん。死にたくなかったら国から出ていけ、そうすれば
「それは……」
「よければ教えてくれない? マージさんのことだから他にも考えがあるんじゃないかって思うんだけど」
「……メロさんはあと九日で利息によりスキルを失います。ダンジョンでの働きは期待しづらく、資源の限られた里に置くことは厳しいと。また口には出されませんが、いつかアビーク公爵と交渉することを見据え、捕虜が里で死ぬのはなんとしても避けようとされているのかと思います」
「はえー、そこまで考えての解放かぁ。すごいなぁ、私ももっと考えて生きてれば、そういうことを思いつける人になれてたのかな」
感嘆しながら霧に覆われた空を仰ぐ。まだまだ青空は見通せない。
「でも、それで追い出すにしたって薬の材料までくれるのはちょっとサービスしすぎじゃない?」
「それについては、マスターからの伝言があります。『たしかに「神銀の剣」は三流だった』と」
「……どういうこと?」
マージもメロと同じく六年間を仲間と共に戦い、逆に殺されかけた。そのことまではメロにはあずかり知らぬこと。
考えて分かることでもないかと、メロは包みを大切にしまいこんだ。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「はい。貴方の旅路に幸運がありますように」
「ありがとう。もしもだけど、また会うことがあればこのお礼は必ずするってマージさんに伝えて」
青色の透け始めた空の下、メロの背中は山中へと消えていった。
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