40.借りものの王位

「やります」


 メロの答えは明確だった。


「本当か?」


「やりたいんです。お願いします、決心が鈍らないうちに」


「……分かった」


 メロの意思を確かめて、俺は立ち上がった。


「皆、聞いてくれ。俺のスキルを……」





    ◆◆◆





「あ、ああああ……!」


 若い母親が子供を抱きしめて泣いている。その肌は傷一つなく、すやすやと寝息を立てる姿は生気に満ちている。


 俺自身、一瞬とはいえ脳を破裂させて肉体的には死んだ身だ。治癒スキルで修復して意識を戻すことで蘇生した経験がある。【熾天使の恩恵】も同じ原理なら、あの子の今後に悪影響が残ることもないだろう。


「ハッ……ハッ……」


 その隣でメロが息を荒げているのは、消耗ではなく緊張によるものだ。この一回で彼女の寿命は確実に縮んだ。


「お身体に異常はありませんか?」


「他には、いらっしゃいませんか」


 身体を気遣ったコエさんへの、彼女の返答はそれだった。


「他に亡くなられた方がいらっしゃれば、ここへ」


「い、いや、その子だけだ……」


 先ほど厳罰を求めて気勢を上げた若者が答えると、それを最後に場はしんと静まり返った。


 メロは自分の壊したものを回復しただけだ。盗人が盗んだものを返したとて、その罪が消えるわけではない。彼女の処遇はまだこれから決まる。


 先刻までの喧々囂々ぶりが嘘のような静寂の中。大人よりもやや高い少女の声がした。


「まだ、そいつの話を聞いてない」


 立ち上がったのはシズクだった。周囲が不意にざわめきだす。


「いや、しかし聞いたところで」


「そうですよシズクさん。弁解なんかさせたって」


 横からの声に、しかしシズクは動じない。


「言い訳するかはこいつの自由だ。ただ、何も言わせずに決めるのは公正じゃない」


 全員の目が再びメロに集まる。自分の言葉が待たれていると知り、呼吸を整えること数回。


 それから長い沈黙を経て、メロは口を開いた。


「……皆さんに、お願い、ができる最後の機会と思って、言います」


 お願いだと、といきり立つ人々をシズクが目で制した。


「このスキルで、私の仲間を取り戻しても、よろしいでしょうか」


 彼女の仲間。


 小隊長と呼んでいた剣士の男に、男女の魔術師が二人。いずれも鳥黐蝸牛スネア・スネイルの触手に絡め取られて死んだはずだ。


 それを取り戻したいという。


「私たちは、許されないことをしました。皆さんにとっては仇です。それでも、私にとっては六年間いっしょに戦った仲間なんです……!」


「六年……?」


 六年間。その数字に、不意に記憶を呼び起こされた。




『七年目からゴリッと上がるんだわ、退職金が』


『リーダーの決定だからな』


『右に同じ』


『私は反対したんですよ? でも、多数決なので……』




『てなわけだから、ちゃっちゃと死んでくれや』




 数週間前まで共に戦っていた連中の顔が浮かぶ。ちらりちらりと、俺の脳裏を過ぎ去ってゆく。


「コエさん、でしたね。その方に言われて、自分の頭で考えました。自分がどれだけのことをしでかしたのか。これからどうすべきか」


 どんなに立場が悪くなるとしても言わなければ後悔すると気づいたから。


「仲間は必ず説得してお役に立たせます。公爵との折衝にも尽力します。だからどうか、仲間を助けさせてください……!」


「寿命を削るんだろう。いいのか」


「……かまいません」


 承知の上だとメロはまっすぐに言った。そんな捕虜にシズクもまたまっすぐに応じる。


「なら、やるといい」


「い、いいんですか……?」


「救えるものを救わせないのは、殺すのと同じだ。ボクらはお前たちに死刑を下していない」


 先ほど「殺せ」と叫んだ母親も、首を横に振った。


「ありがとうござい、ます……!」


「皆も、それでいいな? 極刑を望む者は名乗り出ろ!」


 シズクはそこで言葉を切ったが、周囲のざわめきは止まっていない。「それは」「たしかに」「いや」と小さく論じ合う声が聞こえてくる。


 シズクは黙って立ち続ける。まとまらぬ声が飛び交う中、俺は一言だけ発した。


「どうした。シズクはそこにいる。異論があるなら堂々と申し立てればいい」


 待つことしばし。


 異論は出なかった。水を打ったような場の中心で、アサギが刀でトンと床を叩く。


「意見は出尽くした。これより、このアサギが里長として裁を下す」


 アサギはまず若者たちに言う。


「厳罰に処すべきとの意見、至極もっとも。されど人を鞭打ったとて何も生まれぬ」


 次に年寄たちに言う。


「領主との交渉に用いるべしとの意見、まこと賢明なり。されど里の存在を知らせるには時期尚早である」


 最後に女衆に言う。


「労役につかせるべしとの意見、実に合理的。されどつわものの用法としては些か無駄多し」


 全員に言う。


「捕虜であるメロとその一味には、『蒼のさいはて』での労務を命ずる。身を粉にして探索し、できうる限りの資源と宝物を集めよ」


「……なるほどな」


 魔物がいなくなってもダンジョンは広大かつ奇々怪々だ。狼人ウェアウルフたちでは探索も困難を極めるだろう。


 俺が主導するつもりでいたが、別に専門家プロがいるのなら任せない手はない。


「やがては里の存在を世に知らしめる時が来よう。その暁には速やかな返還に向けた交渉を行うものとする」


 アサギが再び俺に宝刀を差し出し、答えを待つ。


「マージ殿、これが我らの結論です」


「マスター」


「ああ」


 ダンジョンを任せるのはいい案だったが、それはあくまで外面だ。


 俺が見たかったのはもっと根本の部分。奪われたから奪い返すという行為を、目的ゴールでなく手段スタートとして見ているか。


 奪い返したところから何を生み出すか。彼らはしっかりとそれを見据えていた。


「……初めにも言った通り、俺は誇り高くて清廉潔白な人間なんかじゃない。それならシズクの方がよほど適任だ」


 ただシズクはまだ幼い。里の人々を一言でまとめるだけの貫目が足りていない。だから、彼女が王位に相応しく成長するまでは俺が『借りる』。


「借りものの王位。それくらいが俺には丁度良い」


 刀を受け取り腰に帯びる。鋼の刃はその見た目よりずっと重く、厚い。


「俺は奪われた者たちの王になる。奪われたものを奪い返し、その先を作る王だ」


「なれば我らも、その道を往きましょう」


 アサギが頭を垂れ、狼人たちがそれに続いた。

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