36.狼の隠れ里 -9

 際限なく湧いて出る魔物との戦いの中、太陽を隠した影に目を上げた。


 大きい。


 家よりも背の高い、あれは蟷螂カマキリだろうか。あんな大きな魔物は初めて見た。倒さなきゃ。倒さなきゃ。倒さなきゃ。


「もっと振り絞れ、【装纏牙狼ソウテンガロウ】……!」


【マナ活性度:11%&5-4\1】


 黄金色の光爪がバチバチと明滅し、形が一瞬歪んで戻る。マージにもらった【持続時間強化】で時間は延ばせた。でも妃石のペンダントの輝きが濁る様は、痩せきった大地が貸せるマナはこれが限界だと声高に告げている。それほどまでにこの地は弱ってしまった。


 取り戻さなくては。父祖たちが守り、父祖たちを養った故郷を。実り豊かな緑と獣の大地を。


「そのために!」


 そのために倒す。奪おうとする全てを討って道を拓く。


 貸してもらった【斥候の直感】が発する危険信号を振り切って、足を前へ。


「逃げてもいいなんて簡単に言うな、言うな!」


 マージに向かってじゃない。町に出て耳にした、世間の生ぬるい言葉たちに唾を吐く。逃げてもいい。理不尽は避けて通るのが賢い。生きていればいいこともある。


 ふざけるな。


「逃げていいからって、逃げられると思うな!!」


 それを理解してくれて、それでも逃げいきのびるためのスキルを押し付けた彼の顔を思い出す。


 マージは強い。ボクの知る限り誰よりも強い。


 必ず『蒼のさいはて』を攻略してくれる。それまで戦い続けるのがボクの役目。もう、力も尽きかけてるけれど。


「それでも!!」


 出せる力の全てを使って壁を駆け上がる。敵が振り回す鎌をかいくぐり、かいくぐり、消えかけた爪で頭を切り落とした。司令塔を失った身体はそれでも無為に動き回る。ようやくズンと音を立てて倒れたのを確かめ、少しだけ息をついた。


 きっと奴は隊長みたいな魔物。倒してしまえばしばらくは時間を――。


「……ッ」


【斥候の直感】が発する十重二十重の警告。


 今しがた倒したのと同じ魔物がおよそ十五体、列をなしてこちらに向かっているのが見えた。駆け回って里人を集めてくれた父様が後ろから叫ぶ。


「シズク、もうよい! 退け!」


「違う、これは」


 同時に、強大な力の接近を示す警告がそんな小物・・・・・に向いたものではないとも気づいた。


 なぜならそれは『下』から来たから。


「【空間跳躍】で地上へ。【金剛結界】【阿修羅の六腕】、起動」


 大きかった力が、ギュッと小さく凝縮されてゆく。


「――【剛徹甲グレート・ラム】」


 一発の砲弾が敵の全てをまっすぐに貫いた。重く硬いそれは反転しながら地面をガリガリと抉り、土煙を上げてボクの眼前で停止する。


「あとは任せろ」


 その背中は、あまりに大きく見えた。

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