35.狼の隠れ里 -8


「ダンジョンの階層境界って、壊せるの……!?」


 斥候スカウトが後ろで小さく呟く。


 ダンジョンの掘削を試みた記録は決して少なくない。下へ向かえば攻略できると分かっているのだから誰しも一度は考えるのだ。

「第一階層から直下掘りすれば、いずれ最下層にたどり着くのではないか」

と。


 試みの全ては、床を腰くらいまで掘り下げたところにある硬い岩盤に阻まれて失敗したが。今では「ダンジョンの床は破れない」が常識だ。


「もう一回」


 その壊せないはずの境界線を切り裂いてゆく。


「そんな、だって、マージはお飾りパーティの中でもお荷物って……あ、いや……」


「マスターはすでに『神銀の剣』を脱退されております」


「そ、そうなんですか?」


「噂話も結構ですが。どうぞご自分の目で見て、ご自分の頭でお考えください」


「…………!」


「もう一回」


 黒のうずまき殻を叩きつける。頑強な殻は床を割り、そのたびに破れないはずの境界を破って下へ下へといざなわれてゆく。


 ダンジョンから生まれた『将』を工具としていることが関係あるのかもしれない。山と見紛うばかりの巻き貝を神の腕力と神代の暴風で叩きつけてみたのも歴史上で俺だけだろう。あるいは『魔海嘯マカイショウ』間近であることが何か関係しているということも考えられる。


 ただ、理屈はどうあれ急がねばと思った。


 やってみた。


 できた。


 それが全てだ。


「もう一回」


 叩きつける。


「もう一回」


 叩きつける。


「もう一回」




「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」

「もう一回」




 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。

 叩きつける。




 水の階層、火の階層、森の階層……。種々の環境を貫くように砕き進んでいた六腕から、不意に手応えがなくなった。


「っと」


 黒殻が第五十二階層でついに砕けたらしい。同時に鳥黐蝸牛スネア・スネイルが絶命して気配を消失している。


「マスター、いかがされましたか?」


「他と違う岩盤に当たったらしい」


 繰り返し叩きつけたことによる疲労限界かと思いかけたが、どうやらそうではない。殊更に硬い岩盤にぶつかって耐えきれなかったようだ。


 突き抜けた階層の数も考慮すれば、この硬い床とはすなわち。


「最下層だ」


 穴の遥か下方に見える黒い床。あそこにこのダンジョンの『王』がいる。


 斥候スカウトの女もそこを覗き込み、腰を抜かしたように座り込んだ。コエさんが手を差し伸べるがただただ呆然としている。


「……人間は水の上を走れません。人間は空を飛べません。それと同じくらい、そんな、こんな、摂理に……」


「貴方、名はなんと?」


「め、メロです。メロ=ブランデ」


「メロさん、人間は水の上を走れないとおっしゃいましたが。右足が沈む前に左足を出せば水上を走れるはずです」


「そんなの実質的に……」


「ですが、不可能ではありません」


『不可能』と『実質的に不可能』の差はあまりにも大きい。今回はその境界線を踏み越えただけのこと。


「時間もない。コエさん、行こうか」


「はい、マスター」


 穴に向かって飛び降りる。水が最下層まで降り注ぐことのないよう冥冰術コキュートスで凍らせながら下へ、下へ。


「【阿修羅の六腕】、起動」


 二本でコエさんを守り、四本で軟着陸した。


 空間の走査はすでに済んでいる。この空間にいる生物は確かに一体だけ。巨大なガマの姿をした『王』に向け、半分ほどになった蝸牛の殻を振りかざす。表面を氷で覆って鋭く、さらに鋭く。


「ゴ……!?」


 天井を破り現れた俺たちに『王』は動揺しているらしい。その強大な気配が大きく揺らいでいる。


「行くぞ」


 それでも『王』としての矜持だろうか。地響きとともに向かってきたその巨体に、俺は体長の二倍ほどまで育てた氷槍を一閃に叩きつけた。

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