19.エンデミックスキル -2

「エンデミックスキル【装纏牙狼ソウテンガロウ】、全開起動」


【マナ活性度:10】


 “行ってくる”


 その動きには加速がなかった。シズクは始動と同時に最高速に達し、窓から外壁を蹴って敵集団に『着弾』。轟音が鳴り渡り、爆心地にいた三人ほどが吹き飛んでいる。


「なんだ!?」


「お前ら、マージを狙ってきたんだろう。狙いはなんだ?」


 狙うのは俺の金か、コエさんか、あるいは生命か。シズクの問いに、現場監督を務めていた男――エルドロと呼ばれたのは彼だろう――が下品に笑う。その後ろに守られた雇い主もまた、まったく同じ顔でゲゲゲと笑った。


 エルドロの回答は至極単純。


「全部に決まってんだろクソ犬。何もかもだ!」


「全部か」


「無駄にチカチカ光りやがって。虚仮威こけおどしのつもりか?」


「全部と言ったな」


 全部。向こうが全部を奪うつもりで攻めてくるのなら。


「こちらも全部いただく」


「寝ぼけたこと言ってんなァ! オレの【腕力強化】をのせた鞭で数のお勉強させてやるから、そこに直りな!」


 男が革鞭を振り上げる。得意の得物なのだろうが、力任せに振り下ろした先にシズクはいない。その姿はすでにエルドロのふところへ。


「数の勉強をしたいんだな」


「へ?」


「1」


 一撃。


 体重にして自分の三倍はあろうかという大男を、シズクは蹴りの一撃で吹き飛ばした。腹に決まったのか胃の中身をぶちまけて悶絶する男に、さらに迫る。


「2。3。4」


 蹴る、蹴る、蹴る。あえて爪を使わないのは恨みか、それともシズクなりの情けか。


「ボクは千億まで数えられるけど、どこまで勉強する?」


「ど、どうして……」


「どうして?」


「分かんねえ! 分かんねえ!!」


【マナ活性度:201】






 宿の窓から戦況を見つめて、俺はひとりごちる。


「分かんねえ、か」


 分かんねえ。


 シズクに蹴り飛ばされた大男が叫んでいることは、一見すると意味不明だ。だが昼に雇い主の男――ゲランという名らしい――と話した今なら分かる。


「殴られて、けなされて、搾取されて。それでもシズクが黙っていた理由は『力がないから』に違いない。それ以外を想像すらできないんだな、奴らは」


 だから自分の身に起きていることが奴らには分からない。理解できない。


 高潔さだとか善意だとか。そういう理由で力に訴えない人間がいる。本来なら幸せを掴むべき人を、しかし奴らは『殴り返せないほど弱いバカ』としか認識しない。


 アルトラたちにとっての俺がそうだったように。


 シズクが敵を蹂躙してゆく様は、まるで奴らの体に刻み込んでいるようだ。「勘違いも甚だしい」と。


「それにしてもエンデミックスキルか。実物を見たのは初めてだけど、これほどとは」


 物理の常識すら覆すほどの加速だ。動体視力を極限まで高める【神眼駆動】がなければ、人間の目には捉えることすらできまい。


 必要なら加勢しようと戦況を追っていたが、今のシズクにはそんな気遣いすら野暮だろうと見て攻撃スキルの起動を中止する。俺の横ではコエさんが感心したようにシズクを見つめている。


「なんと凄まじい……。あれはユニークスキルとは違うのですか?」


「ああ。ちょっと特殊なスキルなんだ」


 コエさんの知識は俺が直接触れたスキルに限られている。文献でしか知らないスキルには無知なのも無理はない。


「訓練しだいでほぼ誰でも覚えられる普通のコモンスキル。個々人の資質に由来する独自のユニークスキル。この二つはどこでも見かけるけど、一部の地方でしか見られないスキルが実はあるんだ」


 ある人曰く。世界にはマナという力の流れがある。それは絶えず世を巡っているが、地形や地勢、気候、あるいは特殊な生物群によって特異性を帯びることがあるという。


 極寒、酷暑、瘴気、毒気、魔性鉱脈、神竜種……。


 時に、それら特異なマナに対応した特異なスキルを発現する者がいる。


地精のエンデミックスキル。生まれ育った『大地』に根差し、その土地においては無類の力を発揮するスキルだよ」


 かつてこの土地の王だった狼人ウェアウルフの伝承。


『疲れを知らぬどころか、戦いが続くほどに強くたけった』


 大地のマナで武装し、発動させ続ける限り強く、硬く、速く。そして気高く猛り狂う。


「それがシズクのエンデミックスキル【装纏牙狼ソウテンガロウ】だ。この土地で戦う限り、彼女に敵う者はいない」


【マナ活性度:905】

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