18.エンデミックスキル
事務所を訪ねて、未払いの賃金を回収したのが昼前ごろのこと。何はともあれ身なりから整えようということで、浴室を借りたり服屋に行ったりと駆け回っているうちに夜になってしまった。
今いるのは俺たちが部屋をとっている宿。新たな門出を祝うプレゼントとして買った服を、シズクに着て見せてもらっているところだ。コエさんに手伝ってもらって着付けたシズクは楽しげにくるりと回る。
「はい、可愛いですよ」
「こんないい生地の服、ボク初めて着た……!」
体を綺麗にして髪を整え、新しい服を着せてみて本当に見違えた。『ボク』という一人称で男と間違えかけたのが嘘のようだ。
ショートパンツに丈を絞ったシャツという装いはどこか男の子っぽいといえばそうなるが。それも彼女の活動的な印象にとてもよく合っている。パンツを加工して出せるようにした亜麻色の尾も、パタパタパタパタと嬉しそうだ。
「でもいいのかシズク、その服で」
「え、え、なんで? おかしい?」
「遠慮しないでもっと布地の多いやつを選んでもよかったんだぞ?」
「マスター。これはコストダウンではなく外観重視、いわゆるオシャレによる布地の削減かと……」
「分かってる。冗談だよ」
「なんと」
コエさん、まだ冗談はあんまり通じない。
「冗談はともかく、うん。可愛いじゃないか。よく似合ってると思う」
「あ、ありがと。ボクにとってはこういう服が一番だから。そう言ってもらえるのは嬉しい」
落ち着いたところで、さて、と話題を切り替える。
「シズク、ひとつ聞かせてくれ」
「ん、どうしたの改まって」
「なんで、あの男から引き下がった?」
賃金を渋られたシズクは、最後まで力に訴えることなく手を引いた。自分が手腐り草しか食べるものがなくなると分かっていたのに。戦えば勝てると知っていたはずなのに。
なぜ退いたのか。
俺の問いに、シズクはよどみなく答えた。
「
「賃金は自分のことだから、ってことか」
「そう。生命を預けてもいいと思える誰かのためだけに、ボクらは狼の力を使うんだ」
「……シズクは強いな」
気高く、誇りを胸に生きる亜人『
泥水を啜っても、毒草を齧っても種の誇りを忘れない。本当に強い子だ。
それを踏まえて、俺はシズクにひとつの提案をしなくてはならない。
「じゃあ、その誰かのためなら力を使えるんだな?」
「うん。そういうことになる。でも、なんで?」
「今ここに、武装した男たちが向かっている」
「……うぇ!?」
俺の感知系スキルは先ほどから剣や棍棒で武装した男たちを捉えている。その数二〇、三〇、四〇……鎧も着けているし、宿場町に逗留していた傭兵団か何かだろう。明らかに意思を持ってこの宿へと向かっている。
その先頭を歩いているのは、あの男。
「シズクを雇っていた太った男だ。傭兵を使って俺への報復に来たんだろう。隣には……現場監督だった男もいるみたいだ」
「あいつらが、ここに……!」
穏やかだったシズクの目に、何かが燃え上がるのが見て取れた。
「シズク」
「うん」
「俺は、君にとっての『誰か』になれるか?」
「なれる。
なら、戦える。
シズクも戦える。
「スキルは貸してある【持続時間強化】で十分だな?」
「うん、これでいい。これがいい」
「それではシズクさんのスキルは【脚力強化】と【持続時間強化】のみです。さすがに危険では」
コエさんが案じてくれるが、俺の予想が正しければ無用な心配だ。
「シズクのスキルは【脚力強化】なんかじゃない。そうだろう?」
「……気づいてたの?」
「あり得ない話が多すぎたからな」
【脚力強化】は名前の通りのシンプルなスキルだ。
十秒しか持たないだとか、長時間使えば効果が強くなっていくだとか、そんな複雑なものじゃない。子供だから亜人だからでごまかせるのはスキルをよく知らない人間だけだろう。
そう説明すると、シズクは気まずそうに頬を掻いた。
「……黙っててゴメン。長く使えないのは本当だけど、人間に知られて利用されるのは嫌だったから」
「見せてくれるか。シズクの本当のスキルを」
大きく頷き、シズクは立ち上がって俺たちから距離を取った。その小さな体に今までとは異質の力が漲りだす。
「――父祖の霊魂よ。汝が末裔に力を与えよ」
まず現れたのは爪だった。黄金色のマナで形成された大爪がシズクの手を覆い、次第にその密度を増してゆく。
続いて同質の牙が、そして体を覆う毛皮が放出され、シズクの外見を金色の狼へと近づけてゆく。
『神狼の加護が宿る毛皮を身にまとい、鋭い爪と牙で森の中にあっては無双の強さを見せた』
あの伝承の真実が、このスキルか。
「エンデミックスキル【
“行ってくる”
俺たちの視界からシズクの姿がかき消えると同時。
宿の外で、激音が轟いた。
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