17.狼人<ウェアウルフ> -6
「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」
男の手足は健在だ、だが床から壁へと走る切断面は、確かにその四肢すべてが切り落とされたことを克明に示している。
「さて、話の続きをしようか」
「ひい!!」
男は生えたばかりの右手で後ずさる。手足は姿かたちまで完全に再生されているが、恐怖と痛みは刻み込まれており男は悲鳴と浅い呼吸音を発するばかり。心中で自分の行いを悔やんでいるはず。
この種の人間に『反省』という概念があれば、の話だが。
「マスター。シズクさんを連れて参りました。ご首尾はいかがですか?」
「ああ、いいところだ」
後ろからノックの音。コエさんは首尾を聞いてくれているが、外から来たのなら分かっていることだろう。
事務所そのものが真っ二つになっているのだから。どちらかといえば、中がシズクに見せられないほどの惨状になっていることを心配してくれているのだと思う。
「ちょうどいい頃合いだった。入ってきてくれ」
「はい。……あら」
コエさんがドアを開けようとしたら、蝶番が半分切れていてドアごとバタンと倒れた。通れるからよしとしよう。どこか「やってしまいました」という顔のコエさんの横には、戸惑いを隠せない様子のシズクが立っている。
「シズク、体調はどうだ?」
「え、げ、元気だけど? これどういうこと……?」
「摂取した毒は少量でしたので体には大事ないようです。お借りした【天使の白翼】は別の機会に利息分を増やしてお返しします」
「それは何よりだ。さて」
改めて、シズクの雇い主だった男に向き直る。顔面は蒼白そのもので先ほどまでの強気はすでにない。一度切り落とされて再生した手にはまだ金貨袋が握られているが、震えのあまり中身がポロポロとこぼれ落ちている。
なお、切り落としたものは地下に転移しておいた。放置するのは色々とよろしくないから。
「改めて聞く」
「は、ハイ!」
しばらくぶりに人間の言葉を発した男。痛みで言語を忘れていなくて幸いだった。
「お前は、何をした?」
「は、ハイ。ワタシはシズクさんへの賃金を不当に低くしようと考え、そのために悪辣な手を使いました、ハイ」
「では、薬代や延滞料まで含めてシズクに渡すとしよう」
「お、おいくらでしょうか……!?」
さらに顔を青くした男の手から金貨の袋を取り上げて、その中身を確かめる。
この国の金貨は三種類。一万インのクラモ金貨、十万インのミカド金貨、そして百万インのスコッテ金貨がある。
スコッテ金貨は勲章の代わりに与えられたりする、いわば記念品と賞金を兼ねたような品なので一般に流通していない。この財布に入っているのもミカド金貨までだ。俺はその中の一枚を取り出し、ぽかんとしているシズクに手渡した。
「ほらシズク、受け取っておけ。これ一枚で十万イン……メル銀貨一〇〇枚分だ」
「え、え? そんなに? こんなに?」
「え、それだけ……?」
シズクと雇い主の男、反応は真逆だが似たような顔をしている。金貨の袋の口をしっかりと閉じて、俺は男の手に投げて返した。
あちらにしてみれば事務所に殴り込まれて手足まで――元通り以上に治しはしたが――切り落とされたのだ。根こそぎ奪われるものと思っていたのかもしれないが、そんなことをする気は毛頭ない。
「取るべきもの以上に取ったらお前と同じだ。俺は強盗がしたいわけじゃない。……ああ、そうだ」
今度は自分の懐から財布を取り出し、今取ったのと同じミカド金貨を一枚男に見せた。アルトラたち『神銀の剣』からの退職金の一部である。
「こいつは事務所の修繕費だ。受け取れ」
「修繕費……?」
「建物に罪はないからな」
指で金貨を挟み、軽く力を篭める。腕力強化スキルの二段階進化形にあたる最上位スキルを選択。
「【阿修羅の六腕】、起動」
「へ?」
金貨を弾き出す。唸りを上げて飛翔した金貨は、男の額に当たって乾いた音を立てた。
「へぶあ! くおおおおおお!!」
痛みにジタバタとのたうつ男に背を向ける。コエさんとシズクを促し、出口へ。
「これで清算は全て済んだ」
さらに念を押す。
「
「う、うぐ……」
「俺から何かを取り立てに来ることはもう無いだろう。じゃあな」
ドアの無くなった出口をくぐり、外へ。事務所が真っ二つになったのを見て集まった野次馬の群れがさっと割れる。
その間を歩いてゆく俺たち三人を留めようとする人間は、一人としていない。
「く、ぐぐ……! 貸し借りなしだと、ふざけるな! おい、監督のエルドロを呼べ!!」
男の声を俺のスキルが捉えたが、聞こえなかったことにしておいた。
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