16.狼人<ウェアウルフ> -5

「これが賢い生き方ってやつよ。分かったかい?」


「ああ、ありがとう。勉強になった」


 よく分かった。


 よく、分かったよ。


「そいつは結構だ。ほれ、残りの授業料をよこしな」


 俺の考えていることなど知るよしもなく、男は対価を要求する。


 他人に「お前が雇った相手の賃金や条件を教えてくれ」なんて言っても普通は答えてもらえない。だから俺は、あの娘を雇いたいからコツを教えてくれ、授業料は払うから、と前金を渡して教わっていた。


 当然、この男には残りの報酬を受取る権利がある。


「……ああ。手を出せ」


「あんたも物好きだねぇ。こんな金を払ってまで犬の使い方を聞きたがるなんて。そういう趣味でもあるのかい?」


 財布を取り出し、男の差し出した右手にメル銀貨三枚、つまり三〇〇〇インを載せた。シズクがもらうはずだった銀貨を男が握ったのを見てから、俺は右手に力を込める。


 選ぶのはアルトラに貸していたスキル【斬撃強化】の進化形。いかなる材質だろうと空間ごと断ち切るスキル。




「【亜空断裂】、起動」




「……へ?」


 ベシャリ、と。


 床に重いものが落ちた音がした。続いてこぼれ落ちた銀貨の転がるカラカラ音がして、男はようやくそれが自分の右手だと気づいたようだ。


 机もろとも両断された腕から、鮮血が噴き出した。


「ひいあああああああああああ!? ひっ、腕! ワタシの腕が!!」


「どうした、ちゃんと受け取れ。大好きな金だぞ?」


 銀貨を拾い、今度は左手側に差し出す。男は俺の手にある銀貨をじっと見つめるが受け取ろうとはせず、ただただ取り乱し喚き散らす。


「何、貴様、何を、何をした!? 貴様、ワタシに何をした!?」


「何をした、だと?」


 それを聞くのはこちらの筈だ。床に転がる右腕を男に見せながら俺は問う。


「あの子が、シズクが今日、何を食ってたと思う?」


「な、何の話だ!? ワタシが知るわけないだろう!」


「食べれば手が腐って落ちる毒草だ」


 この男に『対話』は不可能だ。自分のしたことは、自分の身体で思い知らせる。そうでないと分からない人間がこの世にはいる。


 そんな人間にシズクは食い物にされた。


 シズクはどうやら自分で借りを返すつもりはないのだろう。俺のスキルを貸した今、彼女がこの男に襲いかかって負けるわけもないのだから。彼女は最後まで力に訴えることなく退いたのだ。


 そればかりか俺との約束はしっかりと守り、全財産を差し出した。


狼人ウェアウルフは気高い種族。伝承で聞いていた通りだ」


 だから、俺がやる。気高さも誇りもとうに失ったこの俺が。


「そ、そもそも貴様は何者なんだ! こんなことをする権利があるわけ……!」


「権利ならある。お前が、あの娘に払うと言った金を払わなかったからだ」


 脂ぎった男はガクガクと震えながら、いつの間にやら残った左手で金貨の詰まった袋を握りしめている。


「だから言っているだろう! 狼人ウェアウルフは人間じゃない! 人間と同じように賃金を支払えなんて法は……」


「違う」


 一歩前へ。


 怯えた男がドタドタとけたたましく後ずさるが、距離など大して開きはしない。


「お前は俺に言ったんだ。あの娘に金を払う、と。だから俺はあの娘にスキルを『投資』したんだ」


「と、投資?」


 だから、助けられる・・・・・。人だろうと狼だろうと関係ない。


「これは回収だ。俺のスキルが生んだ利益を、お前は不当に搾取した。だから回収する。抵抗しないのなら命までは取らない」


「黙れ! この金はワタシのだ! 貴様こそ、ワタシに手を出して無事で済むと……」


「お前は三〇〇〇インの賃金を六〇〇インにしたんだったな」


「……え?」


 男が最後まで言い終わるのを待たず、俺は男の眼前に右手を翳した。


 五体満足、という言葉がある。全身に欠けたところのない健康な身体のことで、諸説あるが『五体』とは頭、両腕、両脚の五つを指すという。


 すでに右腕は落とした。残るは左腕、右脚、左脚。


「お前も五分の一になってみるか。心配はいらない。何度でも治癒させてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る