14.狼人<ウェアウルフ> -3

「君の報酬は三〇〇〇イン。そのうち六〇〇インを俺に寄越せ」


「……なんだって?」


 少女の目に敵意が宿るが、俺は構わず続ける。


「雇い主に聞いたところだと、君は【脚力強化】を持ってるらしいな。ただ……」


「そうだ。十秒ももたない」


 周知の事実だからか、隠す手間も惜しいとばかりにはっきり言ってきた。


 監督が「クソスキル」と呼んでいたのはそのためだ。【脚力強化】は汎用性の高い基礎スキルだが、その短さじゃ荷運びには大して役立たないだろう。


「俺はその時間を延ばせる。何日、いや何週間でも【脚力強化】を使えるようになる」


「そんなこと、できるわけが……」


「できるとしたらどうだ? あの小麦袋、明日には運び終わるだろう?」


 さっきまでの調子だと早くて三日、いや四日はかかるだろう。飯代を引かれて手元に残るのは一八〇〇インだ。


 だが今日明日で終わらせればどうか。


 飯代を引かれて二四〇〇。


 俺に渡して一八〇〇。


 同じだけの金が半分の日数で手に入る。


「計算は分かるか?」


「馬鹿にするな。読み書きだってできる」


 いい教育を受けているし、やはり彼女はただの浮浪児ではない。そんな子がこんな場所でこき使われている理由がいよいよ分からないが……それを詮索すべきは今じゃないだろう。


「俺は金をもらえる。君は金を早く稼げる。両方にとって得な話だ。どうするかは自分で決めろ」


「……もしも早く終わらなかったら金は渡さない」


「いいだろう」


 それを即諾したためか、ようやく少女の表情が少しだけ和らいだ。


 仕事の出来に投資家が責任を持つのは本来ないことだが……投資するのがスキルと金ではやはり話が違う。ここは柔軟に考えるべきだろう。


「スキルのシステムは分かってるな? 返済までは十日。貸した分より一割多くスキルポイントを返してもらうが、普通に仕事で使っていれば十分貯まるはずだ。構わないか」


「分かった」


 この説明をするのも数年ぶりだ。アルトラにはもっと詳しく説明したこれを、きっとこの子の方がよく理解している。


「コエさん、頼む」


「はい、マスター」


「【技巧貸与<スキル・レンダー>】起動」


【貸与処理を開始します。貸与先と貸与スキルを選んでください】


 頭の中にコエさんの声がする。スキルの補助は問題ないと言っていた通り、機能は機能としてこう果たせるようだ。


「俺はマージ。マージ=シウだ。君の名は?」


「シズクだ。ボクはシズク」


「いい名前だ」


【債務者:シズク スキル:持続時間強化 が選択されました。処理を実行します】


 シズクに貸したスキルは【持続時間強化】。名前の通りスキルの効果時間を延ばすスキルで、以前はティーナに貸して治癒スキルを戦闘開始から終了までずっと発動させ続けるような使い方をしていた。


 今、俺の手元にあるのはその上位スキルである【星霜】。そこから返済に無理がない程度のスキルポイントを分け与える。


「これでいい。あと、これは粗品な」


「ソシナ?」


「投資する時には、お近づきの印にプレゼントをするもんだ」


「……! 甘い!!」


 大したものを渡したわけじゃない。そこで買ってきたただの焼き菓子だ。それでもシズクは夢中で口へ詰め込むと、昼休みの終わりと同時に小麦の仮置場へと駆けていった。


 それを見送り、コエさんは俺に尋ねる。


「マスター、なぜお金をとるのでしょう? 無償で貸すこともできるのでは?」


「……プライドのある目をしてたから。薄汚れてても、あの子は自分に誇りを持ってる。同情で恵んでもらったものを受け取る子じゃないと思っただけだよ」






    ◆◆◆






「……まさか明日までもかからないとは」


 夕焼け空の下、空っぽになった仮置場を俺たちは呆けた顔で眺めていた。


 午後になってからのシズクの働きぶりは目を瞠るを通り越して異様だった。最初こそ今までより少し早い程度だったのが、次第に加速して最後には走りで運ぶ始末。日が沈む頃には、あれだけあった麦袋は全て蔵の中だった。


 自分の体重の半分以上ある荷物を走りで運ぶ。スキルの強化があるといえど流石は狼人ウェアウルフと言うべきか。


「マスター、シズクさんは?」


「賃金を受け取りに行ったよ。少し遅い気がするが……」


 気になりだした頃、シズクが奥の建物――雇い主の事務所らしい――から出てくるのが見えた。ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「……マージ、おかげですごく早く終わった」

 

「予想以上だったな。スキルの効果は一〇日後までは続くから、また別の仕事を見つけて稼ぐといい」


 この調子ならスキル回収までにまとまった金を手に入れられるはずだ。シズクは読み書き計算もできる。その金で身なりをきちんとすれば、もう少しいい仕事だって見つかるだろう。一時しのぎじゃない好転が期待できる。


 そう言うと、シズクは小さく頷いて一〇〇インのナナ銅貨を取り出した。


「……これ、約束の六〇〇イン」


「確かに。次はもっといい仕事だといいな」


「う、うん。じゃあね」


 どこか浮かない様子のシズクは、手を振って去っていった。


「シズク……?」


 その様子がちょっと気になったが、何しろ今日一日で信じがたい量の力仕事をこなしたのだ。疲れているのだろうと思い、声をかけることはせず二人で見送った。




 そうして翌日。消耗品の買い出しに出た俺とコエさんが市場の隅で見つけたのは。


「マスター、あれは」


「……シズク? 何をしてるんだ?」


 相変わらずの薄汚れた格好で、泥水から何かを拾って食べるシズクの姿だった。

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