13.狼人<ウェアウルフ> -2

狼人ウェアウルフ……!?」


 それはまだ幼い少女ではあったが、確かに俺たちとは違う特徴を備えていた。


 亜麻色の髪に、狼のような耳。ところどころ肌が見えるほど着込まれた服は後ろが持ち上がり、髪と同色の尾が覗いている。話に聞く亜人族『狼人ウェアウルフ』の特徴そのままの少女がそこにいた。


「珍しいのですか?」


「今はね。もともとこの辺りの森で暮らしていたんだけど、戦争で土地を追われて今はほとんど見かけない」


 この辺りの草原もかつては豊かな森だったと聞いている。戦争で人間の手に渡った後は木を伐採しつくして放置され、荒れ果てた頃に前述のアビーク公爵家が開拓に乗り込んできた……というのが歴史だ。


 その森で暮らしていたのが気高き狼の亜人、狼人ウェアウルフというわけだ。


「神狼の加護が宿る毛皮を身にまとい、鋭い爪と牙で森の中にあっては無双の強さを見せた誇り高い種族、だったはずだ」


「あの少女がですか」


「曰く、疲れを知らぬどころか戦いが続くほどに強くたけった、と。……あくまで聞いた話だ」


 目の前の少女はボロを身に着け、小さな体に似つかわしくない小麦の大袋を運んでいる。一歩一歩を踏みしめるように、肩の痛みに堪えるように、歯を食いしばって汗を流している。


 力強い爪も、艶めくような尾も、今や砂に薄汚れて見る影もない。その姿は、俺が胸躍らせた狼人ウェアウルフの伝承からはあまりにも程遠いものだった。


「マスター?」


「……ああ、すまない」


 なぜ狼人ウェアウルフの末裔がこんな場所で奴隷のような扱いを受けているのか。戦争で負けるとはこれほどのことなのかと、考えを巡らすうちに現場監督らしき男の怒号が聞こえた。


「エサだ! グズグズせず食え、クソスキルの犬が!」


 昼食の時間が来て、他の人足たちに混ざって食事を受け取る姿を見て俺の足が止まった。明らかに他の者より量も質も劣る、あれは。


「薄められたスープにボロボロのパンを浸した……」


 俺が『神銀の剣』にいた頃、唯一食べることを許されていた食事と同じものだった。


「マスター、僭越ながら申し上げます。目の前の困窮を救いたいのなら偽善や短絡さを恐れることはありません。それでもあの子は救われるのですから」


 まっすぐ俺を見つめるコエさんに、俺は小さく頷いた。


「……行ってくる。場合によっては十日ほどこの町に逗留することになる」


「はい、マスター」


 俺はまずこの仕事を管理している人間、つまり彼女の雇い主に話を聞いた。


 そうしてひとつの確信を持って、薄いスープを咀嚼する少女に歩み寄り正面に立つ。


「君の雇い主から話を聞いた。賃金は後払いで、あの麦袋を全て蔵に運んで三〇〇〇インだそうだな」


 簡素な屋根つきの仮置場。そこには大人の背丈の二倍はあろうかという高さまで小麦の大袋が積み上げられている。一日で終わる量ではないし、数日かけて蔵に収めるのだろう。雨がない時期とはいえ無茶をする。


「……飯代で一日三〇〇イン引かれる」


「その薄めた泥水にか」


 少女が俺を睨みつける。強い目だ。擦り減っているが濁っていない。


「お前は誰だ。ボクに何の用だ」


 ボク、という一人称で男かとも思いかけるが、襟元が広がりきったボロ服からは胸のわずかな膨らみが覗いている。各種スキルの判定でも女だ。


 そして着ているものは貧しくとも、その瞳や振る舞いには伝承通りの気高さが確かに残っていた。


 この子ならあるいは。


 俺は、もしも彼女がただの子供なら恵んで去るつもりだったメル銀貨を、そっと懐に戻した。


「君の報酬は三〇〇〇イン。そのうち六〇〇インを俺に寄越せ」


「……なんだって?」


「そうすれば、君は十倍の金を稼ぐことができる。話を聞いてもらえるかな」

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