第一部 奪われた者たちの王
12.狼人族<ウェアウルフ>
「お前は、あの娘に払うと言った金を払わなかった」
俺は立っているだけだ。指一本動かしてはいない。だが目の前の脂ぎった男はガクガクと震えながら、残った左手で金貨の詰まった袋を握りしめる。
「
「違う」
一歩前へ。男はドタドタとけたたましく後ずさるが、距離は大して開いていない。
「お前は俺に言ったんだ。あの娘に金を払う、と。だから俺はあの娘にスキルを貸した。『投資』をしたんだ」
「と、投資?」
だから、
「これは回収だ。お前が搾取した利益を回収する。抵抗しないのなら命までは取らない」
「だ、黙れ! これはワタシの金だ! 誰が貴様などに……え?」
男が最後まで言い終わるのを待たず、俺は男の顔に右手を翳した。
「――起動」
◆◆◆
遡ること、四日前。
「アビーク公爵家は無益な争いを嫌う知性派なんだ。時の第二王子が跡目争いを避けるため、先の戦争で荒れ放題だったこの一帯の開拓を引き受ける形で生まれた家だから」
自由の身となって西へと向かうこと一週間と少しばかり。朝日映える青空の下、俺は街道の先を指差しながらコエさんに語って聞かせる。
町々を結ぶ街道は歩きで往来する人も多い。
長距離を安全かつ快適に行き来できるようにすることは土地を治める者――この場合はアビーク公爵家――にとって重要な課題となる。その大きな理由が『税金』だ。
野営、野宿は魔物にとって格好の獲物。それを放置すれば魔物が増長し数が増える。魔物は納税しないので討伐しないと損だが、そのために動かす兵卒にまた税が吸われる。
そんな悪循環を生むくらいなら要所要所で宿場町を設けるべきだと時の領主は考えた。町ができれば経済も回って税収になるし、いざとなれば関所を併設して通行料だって取れる。
「そうして作られた宿場町のひとつが、あの遠くに見えるキヌイだ。山と山の間、盆地に沿うように作られてる。規模としては小さめで定住してるのは一〇〇人とかかな?」
「合理的な領主様なのですね。ところでマスター」
「なんだ」
「今のお話と、私たちの背後にあるものとは少々矛盾しているように思えるのですが」
二人で振り返ると、そこはまさしく死屍累々。とにかく積み上がるゾンビ、
「……コエさんが綺麗だからかな」
「この世界は、外面をよくして生きると背後に死体が積み上がるのですね」
「それだけ聞くと含蓄のある言葉みたいだ」
俺たちはその気になれば【空間跳躍】で素早く移動できる身だ。といっても焦る旅でもないし、コエさんに色々と勉強する時間もあげたかったからゆっくりと西へ歩いてここまで来た。
見た目には大した装備もつけていない若い男女二人組。魔物に狙われるのも無理はあるまい。女の方が目を瞠る銀髪の美女であることは……関係あるかもしれないし、ないかもしれない。
「スキルを覚えている人間は特有のマナを発する、っていうからな……。俺のスキルが呼び寄せてるってこともありうる。これだけのスキルポイントを溜め込んだ人間はそういないだろうし」
そのマナを測定してスキルの有無やポイント量を測定する装置もあったりする。高価で数も少ないので手軽には使えないが。
俺の場合は【技巧貸与】スキルの効果で知れるので手間いらず。癖の強いこのスキルの純粋な長所だ。
「マスターのスキルが原因だとしてもスキルで撃退できているのですから、よいのでは?」
「それも何か違う気がするけども……」
「それもほとんど自動で。マスターの発想力には驚かされます」
俺は
スキルはシナジーで選べとはよく言ったものだ。他にも工夫次第でいろいろできるだろう。
「にしてもこの数はちょっと異常だ。まずはさっさと町に入ろう」
「分かりました」
そうして踏み込んだキヌイの町。
町に入ってすぐ、俺は伝聞でしか知らない
「
それはまだ幼い少女ではあったが、確かに俺たちとは違う特徴を備えていた。
亜麻色の髪に、狼のような耳。ところどころ肌が見えるほど着込まれた粗末な服は後ろが持ち上がり、髪と同色の尾が覗いている。
話に聞く亜人族『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます