11.【アルトラ側】人生最大のチャンス・序 -2

「くそ、せめて攻略報酬だけでも取り返さねえと腹の虫が収まらねえ」


 マージはギルドに多くを語らず、

『他のメンバーは中で動けなくなった。一人では運びきれないから置いてきた』

とだけ説明していた。


 アルトラにしてみればマージが生きているだけでも理解不能の事態。しかもダンジョンをクリアされていたというのだからもっと分からない。その不可解さが何一つ解決しないまま、時間ばかりが過ぎてゆく。


「アルトラ、朗報だ!」


「ああん?」


 と、不意に酒場の戸が軋む音がして雨音が大きくなった。飛び込んできたのは『神銀の剣』の残り一人、元王宮門番で盾役のゴードン。濡れた髪から水を滴らせながら巨体で床をきしませてアルトラたちのテーブルに近づいた。


「なんだなんだ、人にギルドまで走らせといてどれだけ飲んでるんだ」


「うるせえな。で、なんだった?」


 ギルドからの使いがやってきて、至急ギルドまで来いというからゴードンを走らせてからすでに一刻ほど。随分と遅かったとアルトラは不機嫌を隠そうともしない。


「まだ本調子じゃないのか、妙に足が重くてな……」


 こいつもそろそろ切り捨て時か、などと考えるアルトラにゴードンは一通の書簡を差し出した。


「それより凄いぞ。視察中のアビーク公ご夫妻が、前人未到の『魔の来たる深淵』を攻略したってことで俺たちに会いに立ち寄るそうだ! スキルを披露できるぞ!」


 アルトラはコップに残っていたワインを喉に流し込み、人目もはばからずゲップをしながら笑みを浮かべる。


「……なんだ、運はこっちに向いてるじゃねえか。オレが『真のS級』になる道は、まったく途絶えちゃいねえ」


 S級パーティ『神銀の剣』は過去数年の実績においては群を抜いており、今またS級殺しの異名をとるダンジョンを攻略した。あと足りないものは一つ。


『箔』だ。


 相手はアビーク領、つまりこの街を含む一帯を治める大領主。箔をつけるための名前としては申し分ない。


「覚えめでたく太い人脈にできりゃあ、将来は貴族様になるのも夢じゃねえな」


 パーティの中に一人でも無能がいてはケチがつく。そう思ってあのタイミングでマージを切り捨てた自分の判断は正しかったと、アルトラは一人ほくそ笑む。


「んで、スキル御披露目か。ここはやっぱり……」


 この一帯はたしか、昔の戦争で人間が亜人族から手に入れた土地のはず。ならばアビーク公爵家はかなりの武闘派のはずだと、アルトラは頭の中でソロバンを弾き倒した。


「オレの【剣聖】を披露する。ティーナの【天使の白翼】もあった方が見栄えするか?」


「い、いえ。きっと、その、【剣聖】だけのほうが分かりやすい、かと……」


「パセリを振るとより美味」


「……?」


 どこか煮え切らない返事のティーナと、反応がいつもと違うように見えるエリア。ゴードンは違和感を覚えつつも、アルトラが何も言わないのだしと思い直して酒と肉盛りを注文して席についた。


 揃ったメンバーを前に、アルトラはどこかにいるマージに向けて呟く。


「マージよ、今どこにいるか知らねえけどなァ。オレの【剣聖】がある限り『神銀の剣』に没落はぇ。自分の追い出された古巣がのし上がっていくのを見て、妬みと羨みで焼け死にな……!」


 腰の名剣に手を添え、アルトラは自分の明るい未来に思いを馳せる。




 アルトラの【剣聖】は神速の足運びと剣舞を可能とする強力なユニークスキルだ。その効果は『加速』に特化し、音速に迫る速度は人間の知覚力を遥かに凌駕する。


 もしも。もしも神速の自分自身に『動体視力』が対応できなければどうなるか。


 スキル、【鷹の目】。


 マージが最初に貸したスキルの真価と、それが既に失われていることを彼が知るまで、あと十日。

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