10.【アルトラ側】人生最大のチャンス・序

「で、その龍がガッチガチに凍ったとこをオレの【剣聖】でザクーよ!」


 ギルドにほど近い酒場でワインをあおり、S級パーティ『神銀の剣』リーダー・アルトラは剣を振り下ろすかのように鉄コップをテーブルに叩きつける。飛沫が飛び散って周りにいた冒険者たちが一歩引いた。


 その中から小間使の少年がヨイショと声を上げる。


「さっすがアルトラさん! 【剣聖】に切れぬものなしですね!」


「おうよ。マージの奴が裏切りさえしなければ堂々凱旋できたんだがな……。くぅ、オレが仲間だと思って信頼していたばかりに……!」


 心底悔しそうに顔を歪めるアルトラ。少年もその横で「なんてことを……!」を苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 なお、少年の日当はメル銀貨一枚すなわち一〇〇〇インである。参考価格、ワイン一杯七〇〇イン。


「それでアルトラ、なんで王の死体がどこにもなかったんだ? 素材は?」


「いくら不意打ちったって、マージがS級四人をどうやって……」


「うっ、飲みすぎて酔いが回ったみてぇだ……続きはまた今度な」


 アルトラが気持ちよさげに机に突っ伏したのを見て、周囲は肩をすくめて解散してゆく。


「マージが貸してたスキルを引き上げたんじゃないか? そうすれば……」


「馬鹿いえ。あいつは覚えたスキルしか貸せないんだぞ? スキルひとつ覚えるのに早くて三ヶ月、長けりゃ年単位が相場だ」


「六年かけてもせいぜい一〇や二〇ってとこか。普通のコモンスキルがそれだけあってもユニークスキル四人じゃ相手にはならんよな……不思議だ」


 周囲の客や店員はひそひそと噂するが、その声は外に降りしきる夜の雨がかき消す。アルトラの耳に入るのは自分が寝たふりをする声だけだ。


 そんなアルトラの向かいの席ではエリアがもくもくと食事を口に運び、さらにその隣ではティーナが顔にかかった金髪を払うこともせず疲れ気味の目をアルトラに向けている。


「よくああも嘘がつけるものですね」


「衆愚ってのは楽でいいねぇ。それよりだ!」


 ダンジョン最奥の手前で倒れ、面白いポーズのまま固まったアルトラたち四人が担ぎ出されたのが一週間前のこと。


 マージは多くを語らず、ダンジョン攻略報奨金から自身の分配と規則通りの退職金を受け取って街を去っていた。おかげで『扉には龍が彫られていた』という記憶と『部屋の中は凍りついていた』という採掘隊の報告だけを頼りに作り上げた話でも周囲を丸め込めている。


 実際にマージが使った戦法ともさほど離れていない――アルトラたちはあずかり知らぬことだが――こともあり、今のところ大きな矛盾も出ていない。


「マージの野郎、どこ行きやがったんだ!」


「目が覚めたら出ていってもう三日でしたからね……」


「俺たちゃダンジョンでなぜかブッ倒れるし、起きたらダンジョン攻略が終わってるし、しかもギルドに攻略報告したのがマージだと? どうなってんだ! おいそこの女、酒!」


「乱暴な物言いはやめてください。私の心証まで悪くなったら聖堂の耳に入るんですよ?」


 いなくなったメンバーに悪態をつきながら、アルトラは乱暴に店員を呼びつける。連日の横柄な態度に店員の反応は冷たい。


 乱暴に置かれた替えのワインにむせながら、アルトラは今度は向かいのエリアに絡み出した。


「おいエリア!」


「ふぁにふぁ?」 ※何か?


「口に入れたまま喋るな! なんか気づいたこととかねえのか、こう、なんでもいいからよ! たまには魔法ブッ放す以外にも役立てろやその頭!」


 あまりに無茶な物言いではあるが、エリアは文句も言わず「ふむ」と顎に手を当てて考えること数秒。


「これは先ほど得た知見」


「なんだ、言ってみろ」


「パンをコーンスープにひたして食す。この世のものとは思えぬほどに美味」


「だから何!?」


 エリアが何を考えているかよく分からないことはアルトラにも何度かあった。だがこんなアホっぽい感じだっただろうかと、酒の回った頭でぐだぐだと考えたところで目の前の魔術師は小首をかしげるだけである。


「美味でないか……?」


「いや、美味い食い方だとは思うがよ……」


「今年最大の発見。美味。美味」


「あらあら、そんなにこぼして……」


 隣に座るティーナが、一歩距離をとった。


「なんだァ……?」


 不気味。


 華奢な美少女が笑顔でもぐもぐしている、目の前にあるのはそれだけ見れば平和で微笑ましい光景だ。


 だがエリアは知恵のユニークスキル所持者であり、『マナ同調時に生じる不確定性ノイズに関する多次元解釈』なる難解な論文で学会を沸かせた天才少女である。そんな才媛が、口の周りを汚しながらパンを頬張る姿はいささかの不気味さがある。


 冗談やからかいとも思えず、アルトラは薄ら寒いものを感じて目をそらした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る