9.門出
「ではマスター、二つ目の質問なのですが」
「うん」
「……衣服は?」
「完全に忘れてた」
青空の下、眩しいまでに日光に映える白い肌。うっすらとした茂みが視界に入りかけてそっと目を逸らす。まさに生まれたままの姿を惜しげもなく晒す彼女に外套をかけながら、俺は頭を抱える。
治癒スキル【天使の白翼】と【範囲強化】はシナジーが強く、力の及ぶ距離を延ばすだけに留まらない。肉体から防具まで『治癒の範囲を強化』できたのだ。
つまり、防具ごと腕が吹っ飛んだのを治療すれば、防具ごとにょきにょきと生えてくる仕様だったのである。その上位スキル【熾天使の恩恵】と【森羅万掌】ならばそれ以上のシナジーもあるわけだが……。
「もともと無いものは治せない。そりゃそうだ」
「私はこのままでも構いませんのでお気になさらず」
「気になるが。とりあえず俺の着替えを貸すから着て早く」
声の印象ですらりと細身の肉体を作ったものだから、だいぶブカブカにはなるけどこの際仕方ない。早めに新しいものを買うとしよう。
ヒモであちこち括って、両手の袖を折ってあげて、そこまでやってようやく様になった。
「悪いな、しばらくこれで我慢してくれ」
「初めて着る衣服からマスターの匂いがして、私は幸せです」
「ありがとう。人間の世界だと、それはちょっと変態寄りの発言だから時と場所に気をつけてくれ」
「なんと」
コエさんが目を丸くする。俺を通して世界を見ていたと言っても、本で読んだようなもので現実感が薄いのだろう。これからゆっくり一緒に勉強していくとしよう。
次にやることも決まったし、そろそろ出発することにして立ち上がる。今から歩けば夕方までに次の村まで行けるはずだ。
「さあ、行こう」
「はい、マスター」
そよ風の中で一度大きく伸びをして、俺は荷物を担ぎ上げた。荷物といってもほとんどは収納系スキルで持ち歩いているので、袋の中身はひとつだけ。
「
「巨体になる龍です。市街地は適さないでしょう」
「ああ、俺もなんだか都会の人間関係には疲れたよ」
どこか遠く。誰も俺たちのことを知らない土地に行こう。それだけを決めて、俺は草原に一歩を踏み出した。
「マスター」
「どうした」
「歩行というのは右足と左足どちらから……」
「右足で」
俺たちは、一歩目を踏み出した。
【古の叡智】に【天使の白翼】。
S級パーティ『神銀の剣』を支えるユニークスキルのうち二つは差し押さえた。まだ二つ、アルトラの【剣聖】とゴードンの【黒曜】が残っている。
だが焦ることもない。あの二つはもはや、戦場で使えば死あるのみのスキルなのだから。今も毒で昏睡しているだろうアルトラたちがそれに気づくかどうかは、彼ら次第だが……。
取られたものは取り返す。必ずだ。
◆◆◆
【
知恵のスキル。魔術に関する知識に限り、人間という種が発生した古代まで遡って
ただし覚えると使うは別。今よりマナの濃い時代に編み出された古代魔術は構成にも発動にも長大な時間がかかるため、実戦使用には工夫が必要。
【
【古の叡智】の上位スキル。人間が生まれ出ずるより前の
コエさんの付記:
壮大なる魔術史に触れるため、瞳が蒼く輝くことも相まってとても頭がよさそうな風格が備わります。事実、多くの魔術を覚えられるよう知能も高くなるのだとか。エリア嬢の計算能力には目を瞠るものがありました。
ですが、知れるのはあくまで魔術限定。現代社会の常識などは自分で勉強していただかなくてはなりません。頭のよさそうなアホほど哀しいものはない、と伺っております。
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