8.ユニークスキル -2

「さて」


 町外れの草地で俺は荷物を下ろした。青空の下を吹き抜けるそよ風が心地よい。


 報奨金も退職金も先払いで受け取ったし――アルトラたちを地下に転がしたまま出てきてしまったので、ギルドを通して脱退手続きをしてもらった――、あの街にもう未練はない。スキルのことが知れ渡って騒がれても面倒だし。


 早めに離れてしまおうと宿を引き払ってきたところだ。こんなに晴れ晴れとした気分はいつ以来だろう。


「コエさん、聞こえるか?」


【はい】


「これから、君に身体を与えようと思う」


【ひとつ申し上げてよろしいですか】


「ああ」


【貴方にもきっと、素敵な女性との出会いがそのうちに】


「違う、そうじゃない」


 何か勘違いをされたようだが、嫁に困って自分の中からこねくりだそうとしたわけじゃない。


 俺のことをずっと見守って、評価してくれていた人にお礼をしたいと思っただけのことだ。


「コエさんさえいいのなら受け取ってくれないかな」


【スキル使用の補助役としての機能には問題ありません】


「今は、君自身の意思を聞かせてくれ」


 しばしの逡巡。


【……叶うのならば、貴方に自分の手で触れてみたいと思います】


「分かった」


 意思は確かめた。あとはやるだけだ。


【しかし、可能なのですか】


 実は『保護領域』にいた時から考えていたことだ。


 いくら数多のスキルがあるといっても、無から生命は生み出せない。けれどすでに人格があるのなら話は変わってくる。


「意識さえ他所に置いてあれば、脳が破裂したって修復して元に戻せる。つまり肉体さえ用意できればそこに意識を入れることができるはずだ。つまり、これから君の『器』を形成する」


 そのために、二つ目の債権を行使する。


「【技巧貸与】、起動。差し押さえを実行する」


【スキルが選択されました。処理を実行します】






債務者ティーナより【天使の白翼】を差し押さえました。

【天使の白翼】は【熾天使の恩恵】へ進化しました。






「【熾天使の恩恵】、起動」


 欠けた手足でも修復できる【天使の白翼】。進化した今ならばその先も可能だ。


 それだけなら綺麗な死体を作るだけの恐怖スキルだが、意識のみで肉体がないという例外的な存在がここにいる。


「コエさん、準備を」


【機能人格を実在領域へ移行開始。座標範囲設定。各部筋繊維との整合、ヨシ。神経伝達物質を魔力にて初動、成功。同期開始、同期開始、同期開始――】


 頭の中からコエさんの声が遠のき、存在が薄れ始める。それにつれて俺の腕の中に新たなぬくもりが生まれてゆく。


 時間にして数分後。俺は透けるような白い肌の肢体を抱きかかえて、手に確かな鼓動を感じていた。


「……ん」


 どこか無機質な銀の長髪に、陽光に似た琥珀色の瞳。髪と同じ銀の睫毛を震わせて開いた瞼から覗いたのは、俺があの白い空間で確かに感じたコエさんの眼差しそのものだった。


 初めて浴びる日光に目を細めた彼女は、俺へと視線を動かしてゆっくりと唇を開いた。


「二つ、質問があります。よろしいですか」


 それが、彼女の第一声。


「なんだい?」


「今までは、貴方のことは貴方と呼べば事足りました。この世界に肉体を得た今、なんとお呼びすればよいでしょう」


「マージ、でいいさ」


「貴方は私にとって親の一人であり主にも該当します。それは不適切かと。過去に貴方が見聞した情報に鑑みるに……『ご主人たま~~~』か『マスター』のいずれかが相応しいと考えますが、どちらを希望されますか」


「マスターにしよう。決定」


 ゴードンがこっそり通ってたメイド酒場の記憶だコレ。スキルを貸すために探し当てたら、仲間が自分のことを『ご主人たま~~~!』と呼ばせている現場に出くわしたわけで。衝撃が強すぎて忘れるに忘れられない。


「ではマスター、二つ目の質問なのですが」


「うん」


「……衣服は?」

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