7.ユニークスキル

【ユニークスキルのスキルポイントを差し押さえ、債権額に充当します】


「一日に二度も脳を破裂させることはないな。ここは一つで十分だ」


【差し押さえるスキルを選択してください】


 ユニークスキルはそれを持つ者にとって代名詞とも言える存在。その有無で人生すら決まるものだ。こと冒険者である『神銀の剣』メンバーにとっては、いっそ生命そのものと言っても過言ではないが――。


「借りたら返す。当たり前だ」


【スキルが選択されました。処理を実行します】






債務者エリアより【古の叡智】を差し押さえました。


【古の叡智】は【神代の唄】へ進化しました。






【債務者エリアの全スキルのポイントが下限の【-999,999,999】に到達しました。現時点で回収可能なスキルポイントは以上です】


【以後完済するまで、スキルポイントを獲得するごとに全額を自動で差し押さえます】






「【神代の唄】、起動」


 右手をヴリトラに向け、意識を集中。使用するスキルを選択する。


【神代の唄】は知恵のスキル。こと魔術に関する知識に限り、人が生まれ出ずる前の神代まで遡って『る』ことができる。


「冥冰術『コキュートス』を習得。【詠唱破却】により即時発動。【無尽の魔泉】により魔力消費を無効化」


 そしてこれは、昔ある偉大な人から教わったことだが。


「加えて【斬撃強化】の上位スキル、【亜空断裂】を起動」


 スキルはシナジーで選ぶもの、だ。


「――【断冰刃】、放て」


 不可視の斬撃が空間を蹂躙する。ヴリトラの剛鱗を切り裂き、その肉体は散り散りになって辺り一面に転がった。不滅の龍はなおも死なず、その肉片は即座に再生を始めようと動き始める。


 直後、全ての肉片が七つの次元を跨いで凍り付いた。


「……恐ろしい生命力だな」


 手近に落ちていた牙の一本を拾い上げてみて、なおもわずかに脈動する生命力に舌を巻く。幾百もの肉片となり千年は続く冷気で凍りついて、それでもヴリトラは死んでいない。


 だが、再生能力は封じた。


「【空間跳躍】、再起動。スキルの有効範囲を【範囲強化】の上位スキル【森羅万掌】で拡大」


 俺が『世界』として認識できる範囲全てが対象となる。頭に思い描くのは世界の果て。俺たちが『空』と呼ぶ蒼い天井の更に上、星の海とも呼ばれる、そこは無限の暗黒。


「跳べ」


 ヴリトラの肉片が、全て消えた。


【対象の移転先はどちらに?】


「空の向こう、かな。氷が溶けるまでおよそ千年。そこから互いに引き合って復活するまでさらに千年。その間はダンジョンの主としての役目は果たせないはず。もうこの洞窟も崩れ始めてるよ」


 ダンジョンは主を失うことで崩壊を始める。魔物やトラップも無効化され、それが攻略の証にもなる仕組みだ。


 あとはギルドに連絡して、道が塞がる前にアイテムや鉱石の採集をさせればそこから報奨金が出る。そこの通路にいるアルトラたちは毒でしばらく動けないだろうが……採掘隊に見つけてもらうまで転がっていれば助かるだろう。


「王の素材も手に入れたし、じゃあ地上に……ん?」


 ヴリトラの毒牙を慎重に保管し、上へ向かおうとしたところで【斥候の直感】に感があった。


【どうしましたか】


「まだ、何かいる」


 ヴリトラよりは遥かに小さいが、質は決して劣らない『何か』。危険はないと見て広間の奥へと歩を進める。


 冷気が満ち、しんと静まり返った大理石の空間。その奥に隠されるように置いてあったのは、光沢のある白い球状の物体だった。


「卵か。ヴリトラの」


 神に等しい強さと生命力を持つといえどヴリトラも生物。卵がある理屈は分かるが……実際に目にした者がいたという話は寡聞にして知らない。


 一抱えほどのそれに手を伸ばし、そっと持ち上げてみる。凍りついてはいるがそこは殺せずの龍。氷を溶かせばいずれ孵るはずだ。


【破壊すれば孵化は阻止できると考えます。いかがしますか】


「……いや、ちょうどいい」


 星の海まで飛ばしたヴリトラは二千年以上は無害のはずだが、裏を返せば二千年後に危機がやってくる。その時、人への復讐心に駆られたヴリトラを食い止める術がある保証はない。


「ヴリトラを止められるとすればヴリトラだ」


 ヴリトラが飼いならせるかは分からない。だが幼生から正しく育てれば可能性はあるはず。


「俺が育ててみる。反対するか?」


【いいえ。貴方の選択に、私は敬意と興味を示します】


「……そんなことを言ってもらえたのは初めてだよ。ありがとう」


【料理系スキルの起動を中止します】


「気遣いもありがとう。中止して早く」


 破壊、って煮るか焼くかすることだったらしい。美味いんだろうか、ヴリトラの卵。


 ちょっと気にはなるが、遠い未来の子どもたちのために我慢するとして。俺は石の天井を見上げた。


「【空間跳躍】、起動」


 地上へ。






 この日、俺は初めてパーティの誰よりも先に青空の下に出て、誰に憚ることもなく温かいスープを口にした。

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