4.『人類最大の発明』
「貸したスキルを返してくれ」
「はあ?」
「俺が死ねば、どうせ貸したスキルは無効になるんだ。その前にスキルを返してくれ。お前らだって、俺が瞬殺されるよりはボスに少しでもダメージを与えた方が得だろう?」
「いや、無理だから。お前にスキルが返ってきてもボスに傷つけるとか無理だから! 夢見んな!」
だが、まあいいや、とアルトラはヘラヘラと笑ってみせた。
「どこまでやれるか見てやるよ。で、どうやるんだ?」
「俺の言葉に『返す』と返事をするだけでいい。【技巧貸与】、起動」
スキルを発動させつつキーワードを口にする。
「【全てを返せ】」
「返してやるよ」
「返そう」
「返す」
「返します」
全員の意思表示に反応して、頭の中に『声』がした。
【返済処理が承認されました。処理を開始します】
声はそこでいったん途切れた。スキルの数が多いだけあって時間もかかるらしい。この間に、俺が話すべきことを話しておこう。
「これで貸したスキルは返してもらうことになるが……。利息のことは分かっているのか? いわゆるトイチ、十日で一割の高利だ」
「あん? そういや昔に言ってたなそんなこと」
アルトラはぼんやりした顔をしている。最初はこまめに返してくれていたが、次第に借りっぱなしが増えるにつれて利息のことも頭から抜け落ちたのだろう。
「エリアは記憶している。だが問題はない」
要領を得ないアルトラに代わってエリアが前に出た。知恵のスキルを持つ者特有の、深い蒼に輝く瞳が俺をじっと見つめている。
「借りた中で最も古いスキルは六年前。スキルポイント【1,000】から始めて、十日ごとに一割、つまり【100】が加算される。六年間でそれが二百十九回だから、元本と合わせると【22,900】のスキルポイント返済が必要。決して小さい数ではないが――」
エリアはピッ、と人差し指を立てた。
「例えばエリアの【高速詠唱】のスキルポイントは【1,212,000】。返済しても【1,189,100】残る。戦闘継続には十分。中には消滅するスキルもあるだろうが、それはすなわち多用しないスキルであり緊急性は低いと判断可能」
エリアに続いてゴードンとティーナも進み出た。
「マージ、お前に抜けてもらうことにした段階でその辺りも計算済みなんだ。最後に一矢報いるつもりだったのかもしれないが……悪いな。俺たちはもう、お前程度じゃかすり傷も負わせられないところにいるんだよ」
「無念なのは分かりますが、どうか穏やかに……」
なんとも勝手極まりないことを言っている。だがそんなことはどうでもいい。
こいつらは、大きな計算ミスをしている。
「エリア」
「何か」
「俺のスキルの利息計算は、単利でなく複利式だ」
「タンリ、フクリ……?」
全員が何を言っているか分からないという顔になった。四人が四人とも知らないのは不勉強に過ぎる気もするが……。
「単利というのは、さっきエリアがやった計算だ。十日ごとに元本の一割が足されてゆく」
「疑問。複利は違うのか」
「複利式は、増えた分の利息が元本に加算される」
元が【1000】なら十日後には【1100】になる。ここまでは単利と同じだが、次の十日後には【1100】に一割増えて【1210】になる。そう説明するとアルトラが「ハッ」と鼻で笑った。
「たったの【10】差かよ。みみっちいこと言ってねえでさっさとボスとご対面しな。おっと、荷物は置いていけよ」
「ほら、さっさと下ろすんだ。時間稼ぎは見苦しいぞ」
「神よ、才覚に恵まれなかった彼に魂の安寧を……」
ゴードンが俺の装備と持たされていた荷物を引き剥がす。形ばかりのお祈りを捧げているティーナの横では、エリアがぶつぶつと小さく呟いている。
「一年で【32,421】……二年で【1,051,153】……!?」
エリアの澄ました顔が少しずつ青ざめてゆく。さすが【古の叡智】を持つ天才魔術師、仕組みさえ理解すれば計算は早いようだ。
肝心のアルトラの耳には届いていないが。八歳から神童と謳われた剛剣士はニヤニヤ笑いを浮かべて俺の後ろに回り込むと、背中を思い切り蹴飛ばして扉へと押し込んだ。
「オラ、行けッ!」
石扉が挑戦者を招き入れるように開き、俺は中へと転がり込んだ。エリアが「待って」と口を動かすのが見えたが冷たい石扉は容赦なく閉じてゆく。
扉が閉まり切る間際、稀代の天才魔術師に向けて俺は唇の動きでこれだけ伝えた。
「もう遅い」
【処理が完了しました。 スキル名:【鷹の目】 債務者:アルトラ】
【実質技利116,144,339,796%での回収を開始します】
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