3.スキル貸しのマージ -3

 聞こえよがしに笑っているのを無視して進むうち、前方の面々の足が止まった。分岐点に差し掛かったらしい。アルトラは舌打ちしながら俺に振り返る。


「おいマージ、どっちだ! そういうスキルねえのか!」


「【斥候の直感】スキルを貸してある。罠の待っている方が分かるはずだ」


「は? なんだそりゃ」


「前々回のダンジョンで自動生成の可能性があってその時に……」


「渡しゃいいってもんじゃねえだろうが! 説明サボりやがって、適当な仕事してんじゃねえぞ! 一人のサボりがどんだけ迷惑かけるかまだ分かんねえのか!!」


 説明なら当然した。聞き流しているだろうと思ってもいた。


 アルトラは、何も理解するつもりはないが自分が蚊帳の外にいるのは耐え難いタイプのリーダーだ。だからダンジョン攻略に必要なスキルはほとんど彼に集まっているし、その中身も効果も彼は理解していない。


 それでも顔を真っ赤にした彼が「聞いていない」と言ったのなら、俺が言っていないのである。


「悪かった。反省している」


「あああああああ!? テメェそれ何回目だ!? 反省してるって言うだけならオウムでもできんだろうが! 改善をしろっつってんだカ・イ・ゼ・ンをよ!!」


 仮に百回目だとしたら、うち百回がアルトラたちの聞き逃しなのだが。ツバを吐き散らして怒鳴る彼にそれを言っても時間を無為にするだけだ。


「……本当にすまない。この通りだ」


 おとなしく頭を下げる。ここで言い争っていても何も生まれないし、こうするまで何も変わらない。


「クソ、この遅れはお前の責任だからな。分配から引いておく」


「……ッ」


 もともと一割もない分配率からさらに引かれるとなれば、もう雀の涙だろう。これで仕舞いにするつもりのところに厳しいが……。今ここで反論しても結果は目に見えている。地上に戻るまでにアルトラの機嫌が直ることを祈るしかない。


 俺に頭を上げろとも言わず、アルトラは分岐路に目を凝らした。


「【斥候の直感】、起動。……んん? こりゃあ……」


「説明を要求。何が見えた?」


「右に行った先に扉だ。デカいぞ」


 勝手にズンズン進むアルトラに遅れないようついていくと、言葉通り巨大な石扉に突き当たった。大理石に似た石で重厚に作られた扉には蛇……いや、龍だ。龍のレリーフが施されている。


 この威容。すでに進んだ距離からしてもダンジョンの主の部屋で間違いない。先人たちの知恵を最大限に活用すれば、誰一人欠けることなくここまで来られる。それが証明されただけでも過去に散っていった者たちの死は無駄じゃなかった。


「オレ様の勘が正しければ、こいつがボス部屋だ」


「む、もうか。意外に早かったな」


「ですねぇ」


 誰一人、そのことを理解している者はここにいないけれど。


「よし、作戦を説明する。マージ!」


 予想外の呼び出しに思わず反応が遅れた。いつもなら、「隅っこで床に這いつくばってろ」だけが俺への指示なのに。


「さてマージ、ここはどこだ?」


「『魔の来たる深淵』の最深部だが」


 質問の意図を読めないまま、率直に答える。


「いくらお前でもそんくらいは理解してるか。そんなお前に一番槍の名誉をやろうと思う」


「一番槍」


 一番槍。


 ……一番槍?


「俺に、ボスの部屋に突っ込めと?」


「それ以外にあるかよ」


「意味が分からない。そんなことをしてどうなる」


 ハァー、とアルトラは深い深い溜息をついた。


「お前、ほんっと鈍いな」


「……ギルド規則の第17条から逃れるため、ってことはないよな?」


「なんだ、分かってるじゃねえか」


 さも当然のように言い放つアルトラにめまいを覚えつつ、俺はギルド規則に関する記憶を呼び起こす。


 冒険者の世界にもルールが存在する。中でもギルド連盟が定めたものは権威が強く、S級パーティであっても容易に無視はできない。


 その最終第17条。


『パーティメンバーが脱退する場合には、年数に応じた退職金を支払うべし』


「マージ、お前ってウチで何年目だっけ?」


「七年目に入ったところだ」


「七年目からゴリッと上がるんだわ、退職金が」


 危険な冒険者稼業をそれだけ続けたのだから、相応の報酬があるべき。そういう意図なのだから当たり前だ。


 だとしても。だからといって。こんなことが許されていいものか。


「ゴードン、エリア、ティーナ。皆も同じ意見なのか」


 残る三人に問いかけてみるが、その返答にはあまりにも熱がない。


「リーダーの決定だからな」


「右に同じ」


「私は反対したんですよ? でも、多数決なので……」


 多数決で六年間を共にした人間を切り捨てられるのか。


 切り捨てられてしまうほどに、俺のやったことは無価値だったとお前らは言うのか。


「本気なのか。俺がいなくなれば、皆のスキルは……」


「いいかマージ。無能を飼っておくのは借金と同じなんだ」


「借、金?」


「いるだけでどんどん損をする。年が経つほどに損が大きくなる。まさに借金だろ。俺たちは『魔の来たる深淵』のクリアを機に、真のS級パーティとして生まれ変わりたいんだ」


「俺は、借金か」


「そうだよ」


 ずっと耐えてきた。理不尽なことはあっても俺がS級パーティにいられるだけ幸せだと思おうとした。社会のためにもこのパーティの活躍を支えてきたはずだった。


 それが、マイナスだったと言う。俺の存在はマイナスだったという。


「てなわけだから、ちゃっちゃと死んでくれや。再来週からはお前の代わりに一流の錬金術師サマが入ることになってっから。きちんと給料分の成果を出せる、な!」


「……分かった」


「よろしい」


「ただし、その前に」


 もう、いい。


 俺は、このパーティで最初で最後の頼み事をすることにした。


貸したスキル・・・・・・を返してくれ・・・・・・

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