2.スキル貸しのマージ -2

 スキルの習得は、水車を回すことに似ている。


 チョロチョロと水が流れていたところで巨大な水車は動かない。ある程度の水量があってようやく動き出し、水量が増えるに従ってその回転を増してゆく。


 スキルも同じだ。スキルポイントと呼ばれる数値があり、訓練や学習で【1000】を超えるとスキルとして発現する。どんな訓練でどんなスキルが発現するかは過去の知見が集積されており、今も新たな発見が繰り返されてスキルは多様化を続けている。


 発現すれば終わりというわけではなく、その後はスキルを使用することでポイントが増え、それに応じて効果も大きくなってゆく。極限までポイントを高めた暁には上位スキルへ変化することもあるという。


 そうした誰でも習得できる普通のコモンスキルと別に、八歳から十二歳くらいで独自のユニークスキルを発現する者がまれにいる。


 そういったスキルは他にない性能や特性をそなえていることがあり、ことさらに強力なものは強豪パーティや研究機関から引く手あまた。八歳の少女に会いに来た超名門ギルドのマスターが、その場でナプキンに契約書を書いて確保しようとした、なんて話も聞いている。その子は断ったそうだけど。


 俺の【技巧貸与スキル・レンダー】もそんなユニークスキルのひとつだ。効果は『持っているスキルを他人に貸せる』こと。


 スキルを覚えるのは自前な上、覚えても活かせるのは他人だけの不遇スキルだ。だってそうだろう、例えば【斬撃強化】を覚えて剣を振れば最低限の威力は出るが、【剣聖】のアルトラに【斬撃強化】を貸せば何十倍も強いのだから。ナプキン契約書どころか会いに来たお偉方が苦笑いして帰っていった思い出しかない。


 それでも努力を積んでたくさんスキルを覚えて、適材適所で貸し出せばパーティには貢献できるはず。そう思って必死にやってきた。このS級パーティ『神銀の剣』に誘われたのも、当時は同じユニークスキル持ちとして交流のあったアルトラにスキル【鷹の目】を貸したのがきっかけだったはずだ。


「【剣聖】を発動する。巻き込まれるなよお前ら! 特にマージ、テメェは地面に這いつくばったまま動くな! 動いたら構わず殺す!」


 もっとも当時から神童と持て囃されていたアルトラにとっては、便利なスキル倉庫でしかなかったのかもしれないけれど。今では俺がどんなスキルを覚えて貸しているのかすら聞こうとしない。


「この辺が邪魔にならないと予想する。敵から身を守れないのはこの際仕方ないが、せめて味方の邪魔をしない努力を要求」


「……分かった」


 エリアに言われるがまま彼女の足元で地面に伏せ、なるべく頭を低くする。魔物の体液を吸った泥が全身に絡みついて悪臭が鼻をつく。


「【剣聖】、起動!」


 アルトラの剣が輝き、洞窟内を閃光が駆け巡った。道を埋め尽くしていた菌類型の魔物が断末魔の悲鳴を上げることもなく両断されてゆく。頭上を掠める剣筋は、俺が少しでも頭を上げたら本当に首を飛ばすという意思表示か。


「【剣聖】、ね……」


 動体視力を上げる【鷹の目】など俺が貸したスキルも色々使っているはずだが、それを口に出したことは記憶にある限り一度もない。

 やがて通路から人間以外の動くものがなくなったのを満足げに確かめて、アルトラは俺を蹴飛ばした。


「おい、いつまで寝てんだグズ! さっさと先に行くぞ! クソ、荷物にもドロ付けやがって。荷物持ちも満足にできねえのか」


「おいおい汚ないな。近寄らないでくれよ」


「もう、そんなこと言ったら可哀想ですよ。……仕方ないじゃないですか、ある程度は近くにいないとスキル貸し出しの効果が出ないんですから」


 ゴードンとティーナが露骨に距離を取る。四人の後ろ、【技巧貸与】の効果が弱まらないギリギリを歩きながら俺はダンジョンを進んでゆく。前では俺などいないものとして四人の会話が弾んでいるようだ。


「しっかし、最凶ダンジョンなんて言う割に全然大したことねえな。これがS級殺しの異名をとる『魔の来たる深淵』か?」


「同意。魔物は数が多いだけで強さは中の下といったところ。時折トラップも見かけるが効果はほとんどない」


「おれたちがそれだけ強いのだろう。ティーナの【天使の白翼】も働いているようだしな」


「そんな、私の力なんて大したことは……」


 そう、大したことはない。


 この階層は猛毒に満ちている。魔物は全身から毒気を放ち、トラップは毒霧を噴出して冒険者の身体を蝕み自由を奪う。

 ここ『魔の来たる深淵』ではそうして多くの強者たちが散っていった。そんな地獄から生還した先人が少しずつ知識を蓄積し、有効な対策スキルをひとつひとつ見出していったのだ。


 俺がそれに従って習得したスキルを貸し出しているからこそ、前の四人は悠々と歩けているに過ぎない。


「……なんて言っても仕方ないんだろうな」


 十中八九、夕食のパンが四日前のものから六日前のものになるだけだろう。ダンジョンで仲間割れをしている時間なんてそれこそ無駄だ。


 とにかく、俺は彼らの傍を離れられない。昨夜貸したばかりのスキルは当然【1000】のまま。俺との距離が空いて少しでも弱まれば効果が消えてしまう。


「おいおい、後ろを見ろよ。マージのビビり方やべえぞ」


「大目に見てやれ。突っつかれたら死ぬんだからな。くくく……」


 つまりあと三歩、俺が遠ざかったらああして笑っているアルトラとゴードンは毒気を吸って昏倒するということだ。無意味だからやらないが。

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