技巧貸与<スキル・レンダー>のとりかえし

黄波戸井ショウリ

プロローグ

1.スキル貸しのマージ

 神速の剣技スキル【剣聖】を軸に、それを強化する【斬撃強化】【鷹の目】など数多のスキルを有する剛剣士アルトラ。


 知恵のスキル【古の叡智】により古代魔術を習得し、【高速詠唱】【魔力自動回復】で実戦使用を可能にした魔術の才媛エリア。


 硬質化スキル【黒曜】による鉄壁の守りと、【腕力強化】【瞬足】などによる高機動を両立したかつての王宮門番ゴードン。


 治癒スキル【天使の白翼】を【範囲強化】【持続時間延長】などで死者蘇生すら可能な域まで高めた癒やしの聖女ティーナ。


 それぞれが強力なユニークスキルに、それとシナジーを発揮する多数のスキルを有する四人。奇跡の産物とすら呼ばれるS級パーティ『神銀の剣』の中では、俺はなるほど凡庸と言わざるを得ないだろう。


 俺が持つスキルは【技巧貸与スキル・レンダー】、ただひとつだけ。正確にはもっとあるのだが、このスキルで仲間たちに全て貸し出しているため手元には残っていない。


「マージはどうした?」


「まだグズグズやってるよ。ったく、スキルひとつ覚えるのにどれだけかかってんだ」


 ドアの向こうからゴードンとアルトラの声がする。


 スキルを覚えるには知識と訓練――有り体に言えば勉強――が必要であり、そのために勉強部屋と称して俺だけ宿屋で別室があてがわれるようになってはや三年。最初は普通の部屋だったのが、最近は物置部屋ばかりになっている。


 おかげで壁もドアも薄いから廊下の立ち話が丸聞こえだ。そうするうちに、さらに二人分の足音が近づいてきてドアの前で止まった。おそらくティーナとエリアだろう。


「どうかしたんですか?」


「廊下は寒い。立ち話するメリットが不明」


「マージの奴のせいだよ。次のダンジョン攻略で使うスキルを覚えるとか言って、いつまでもグズグズグズグズ……」


 アルトラが愚痴るが、次のダンジョンの情報に鑑みれば必須のスキルばかりだ。誰もその重要性を理解する気がないだけで。


「なあ、そろそろいいんじゃないだろうか? マージ程度が覚えられるスキルを借りても、もう仕方ないだろう」


「同意。エリアたちは十分にスキルを持っている。これ以上、自分の身も守れない人員を連れ回してもデメリットが過大」


「そうですね……。彼も一生懸命なのは分かりますが、やはり才能の差は如何ともし難いかと」


 その後も会話は続くが、出てくるのは『マージはもういらない』という言葉ばかりだった。


「潮時、なのかな」


 運命の分かれ道は三年前、アルトラの独断専行でA級ダンジョンに突入した時だったろう。無策で挑むにはあまりに無謀だったが、ボスが直前の地震で負傷していたなどの幸運が重なって攻略できてしまった。それを実力と思い込んだアルトラたちはそれ以来三年間、俺の言うことをまともに聞こうとしない。


 だが同時に、厳然たる才能の差があるのも否定できない事実。次のダンジョン攻略を終えたらわずかだけど報奨金も分配されるだろうし、俺はスキルだけ置いて潔く身を引くべきかもしれない。小さな覚悟を決めて、俺は物置部屋のドアを開いた。


「……終わった。それぞれ貸し出すから受け取ってくれ」


「遅えよ」


「次は気をつけるから。【技巧貸与スキル・レンダー】、起動」


【貸与処理を開始します。貸与先と貸与スキルを選んでください】


 誰からも感謝や労いの言葉はない。食事も摂らずに覚えた十二のスキルを全て明け渡し、俺は食堂へ向かった。


 鍋には、薄めたスープに四日前のパンを浸したものが入っていた。

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