第32話 事前準備
俺たちは《アルディ》という街にやってきた━━。
王都には剣神の首と遺書が届いている頃だろうか? 出来れば目の前で騒動を見たかったが仕方ないな......。
今日はこの街で夕飯と宿屋の調達、そして四天王の手掛かりを今日中に掴んでおく。そして明日には出発してさっさと始末しておきたい。
なぜなら正体不明の
そして勇者には過去に女を使って殺したはずのガキが自分より先に四天王を倒した事で剣神の件を含め更に精神的圧力を掛けておきたい。
だが......もし勇者と取巻きが能天気なバカなら『フェル』という名前が偶然同じなだけで同一人物ではないと勘違いして無駄になるかもしれないが━━。
そんな事を考えているとパトラが首を傾げて俺の顔を覗き込んだ。
「ジュノ? 難しい顔してどうしたの?」
「ん? ああ......明日の早朝散歩コース考えてたんだ」
「おじいちゃんか。それより私、鎧とか装備がそろそろ欲しいんだけど一緒に見てくれないかな......」
そういえばパトラはほぼ部屋着の状態でこの街まで戦ってきたんだっけ。
「うーん、でも俺はこの後路地裏でチンピラに狙われてるお姫様探すのに忙しいからなぁ」
「そんな都合の良いイベントなんてあるわけないでしょ? 装備が似合うか見て欲しいからちょっとは付き合ってくれてもいいじゃん......」
「分かったよでも金はどうするの? 宿代だって無かったのに。さっさと俺に借りた金返せ」
「へへんっ! それがルシア姉から出発する前にせめてもの償いとして家にあった宝石とかお金になる物を貰ったのよ。最初は断ったけど私が鎧無しに戦ってたのを知ってどうしても買って欲しかったみたい」
「マジかよ! それなら換金して向かおう! 武器屋ならいろんな奴らが来るはずだし四天王の手掛かりを知ってるかもしれない━━」
* * *
「いらっしゃい、おや......見ない顔だね」
俺達がドアを開けると中には鼻下に髭を蓄えた白髪混じりのイケおじが出迎えてくれた。
「こんにちは、こっちの美人に軽量かつ高強度の剣士防具を揃えてもらいたいんですけどお願い出来ますか?」
「美人だなんて若いって良いねぇ、お熱いお熱い」
「いえ、この人は平気で適当なこと言うタイプなので信用しないでください」
「そ、そうかい......ちょうど今王都から希少な鉱石が入ってきたんだ。希望の装備は作れると思うが......代金はあるのかい?」
イケおじは少し不安げな表情を見せる━━。
それもそのはず今の俺はただの庶民の服に靴はただのブーツだしパトラに至っては部屋着に近い私服だ。どう見ても金があるようには見えないもんな......。
「代金については問題ありません、足りない場合最悪ここで皿洗いするそうですし」
「ちょ、ちょっと勝手にバイトさせないでよ!」
「うちは武器屋だから皿はキッチンにしかないよ......。まぁ恐らく40万Gもあればお釣りが返ってくると思うからよろしくな。じゃあ採寸させてもらうよ━━」
パトラはイケおじに体を弄られ......ではなく採寸を受けて無事に作れる準備が整った。
「すぐ取り掛かるから明日にはできると思うよ。ところでお兄ちゃんの方は防具を揃えないのかい......?」
イケおじはまたも不安そうな顔で俺の庶民装備をまじまじと見る。
「そんなジロジロ見られると勘違いしちゃいますって、俺はこの一張羅が気に入ってるんで防具は大丈夫です。それより一つ聞きたいことが......魔神四天王の1人がこの街の近くに居ると耳にしたのですがご存知ですか?」
「ああ、この街から少し離れた山の洞窟に居るって話しだ。その事もあって王都から貴重な鉱石が届たりして兵士たちの装備品の強化をさせてるんだ。だが━━」
おじさんは険しい表情を浮かべながら再び口を開いた。
「随分前に調査や討伐に向かった連中が何十人も居たんだが誰1人帰って来ないんだ。恐らくもう......」
「食われてるって事ですか......」
3人に重い空気が流れる━━。
魔物にはいろんな種類がいるが、共通して言えるのは人を食べることによって能力を強化できる点である。
つまり食べれば食べるほど奴らは進化し、今回帰ってこない人間を全員食べたとなると相当強化され手がつけられないだろう......それが四天王なら尚更だ。
「多分な......。悪いことは言わないから勇者様が倒すまでその洞窟には近づかない方がいい。それに今は1日2人昼にこの街から生贄を出せば街を襲わないと奴らは領主に契約させたからな......いずれは俺も......」
おじさんは暗い顔で俯き拳を握りしめて悔しそうにしている。
俺にもその気持ちは痛いほどわかる━━。
「だから俺は1日1日手を抜かずに仕事をして、生きた証をこの世に残すんだ。お嬢ちゃんやまだこの町で生きてる奴らのためにな」
「そうでしたか......でもその悔しい想いも多分明日で綺麗さっぱり無くなりますよ。それこそ明後日からその洞窟でのんびりキノコ狩り出来くるらいに」
「何だって? まさか君が......!」
「そのまさかです、実は超強いんですよこの
「えぇっ! 私!?」
「君じゃないのか......。俺が言うのもなんだが可愛い女の子に全力で頼るなんてもう少しプライド持った方がいいよ......」
「はははっ! プライドなんて丸めてポイですよ。そんなものは高い分だけグラついて折れやすくなるんでね」
「潔いな君は。しかしそこに行くなら君も尚更装備をちゃんとしたほうが━━」
「必要ありませんよ。そこら辺を這い回る虫殺すのに皆一々鎧なんて装備しないじゃないですか。それじゃあまた明日の朝装備を取りに来ますね!」
* * *
「ジュノ......怖い顔してどうしたの......? 大丈夫?」
武器屋で聞いた話に俺は心底ムカついていた。
勇者という肩書きにあぐらをかいて人から大事なものを奪っておきながら未だに魔神を倒さないこと。
そしてそんなヤツを持ち上げて期待し何もせず過ごしている王都や国王にも━━。
「ああ......口の中に虫が入って気持ち悪いだけさ。それより四天王が明日生贄2人を攫いに来るって話なんだけど俺がその1人になろうと思ってね」
「さすが話が早い。私もこれ以上被害が出る前に私たちで打ち止めにした方が良いと思ってたの......2人で囮になりましょう」
「うん、じゃあパトラが食われるの先な。俺はその隙に違う街に逃亡な」
「ジュノくん、明日はちゃんと真面目にやろうね? 今ここで四肢を切り落としてから囮になっても良いんだよ?」
「すみませんでした......」
パトラの目に光がなくなった代わりに眉間に皺が何本も寄っていた......怖い......。
「なーんてね。冗談はさておきそろそろご飯食べに行かない?」
* * *
「ここのケルウスのステーキすごく美味しいね! 私もう一皿頼んじゃおうかな」
「ああ、ほっぺが落ちるほどな」
俺達はこの街で1番人気とされる大衆食堂に来ていた。
確かに出る料理が全て美味しそうに見えるが口に運ぶとやはり味が......それに俺は食べなくても腹が減らない━━。
「俺はもう良いからパトラはゆっくり食べてて、その間宿探してくるよ」
昔は母さんが作ったケルウスのステーキが大好きでよく味わって食べてたんだけどなぁ......。
家も燃やされて最後に残った思い出の食べ物すら味わえなくなるなんて夢にも思わなかったよ━━。
外に出た俺は1人で宿を探したが人が生贄になって減っているので大体の宿屋は人手不足満員扱いか主人そのものが居らず廃業になっていた。
そんな中大きな木の中に扉がついている宿屋を発見し中に入った━━。
「すみませーん。今日ここに2人泊まりたいんですが......」
出迎えてくれたのはすらっとした見た目で耳が尖っており、薄い緑色のロングヘアの若い女性だった。
「はーい。アレ......私達と同じエルフの方ですか?」
「いえ違います。精霊の声聞けないし心もそんなに清くないです。あと耳の格好もイカしてないです」
「そうでしたか、一部屋空いてますのでそちらにお泊り下さい。本日で営業が終了するのでサービス致します」
「今日で最後って......まさか」
「ええ、実は明日私が生贄の1人なんです。そしてあっちにいるもう1人も」
そこにはシュッとしたイケメンエルフが暗い顔をしてお辞儀をした。
「なるほど、それなら任せてください。明日生贄になるのは俺ともう1人の連れだって回覧板回したんで。貴女とイケメンの命は保証しますよ多分、恐らく、出来れば......」
「語尾が全く信用できない......。でも恐らくお二人ではダメです生贄になれません......」
「それはどういう事ですか?」
エルフの女性は申し訳なさそうに口を開いた━━。
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