第16話 流言蜚語


 私の目の前に広がるのはあの日の光景━━。


 壊れた玄関のドアが外の風に吹き付けられて何度も壁を叩き、暗闇のリビングで揺れる淡い灯りに照らされた壁に飛び散る真っ赤な液体と獣がのたうち回った後のように荒らされたテーブルと椅子。

 


 そしてキッチンの奥から聞こえる何かを食べる音━━。


 

『誰...?』



 血溜まりの床で規則的に揺れる身体の正体......。



『パト......ラ......逃げ......も......』



 血だらけの身体と朦朧した表情で私に向かって声を振り絞る母と━━、



『マ......マ......』



『ウ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ━━!』



 黒い毛に覆われ赤い眼が光る血に塗れた獣だった━━。



*       *       *



「......い......きろ」


 またどこからか声がする。

 

 優しいけれど......どこか寂しいような悲しい声━━。



「......ん」


「おい......起きろ」



 私が目を開けるとと私の首を刎ねた男の顔が吐息が掛かるくらいの近さで覗き着込んでいた━━。



「っ! なんだコレは! 夢か!? 私は死んだはずでは......」



 恥ずかしさから私は咄嗟に顔を逸らして飛び起きる。


 確かに私はさっきこの男に首を刎ねられたはず......それに此処は?



「ああ死んだよ、ほら見てこれ」



 男の手に持っていたのは間違いなく私の生首だった━━。



「ギ......ギャァァァァッ! くくくく首がぁぁっ! 私今首ないのっ!?」


「いやあるよ。今きっちり喋ってるだろ?」


 私は手で自分の顔を何度も何度も触れと確かに私の顔は首の上は存在していた━━。



「これは......どういうこと......?」



*       *       *



 俺は手刀を放つ直前に彼女が言ったセリフが俺はどうしても気になった。

 仇......もしやと思い首を刎ねた直後、俺は郊外に瞬間移動して彼女の首を創り直した━━。



「簡単だよ、一回首を斬って俺の力でまた創った」


「............?」


「おーい、理解してる?」


「......全然意味がわからないんだが」


「だからね......まあちょっと見てて」


 俺は自分の首に手刀を放って首を刎ねた━━。


「なっ......君は一体何をっ!」



 創━━。


 俺の首から上に粒子状の光が次々と集まり、刎ねた部分が一瞬で再構築され元あった首は地面に転がっていた━━。



「とまぁ......大体こんな感じなんだけど分かったかな?」



 パトラの方を見ると今起きた現象に硬直している━━。



「き......君は神か何かか......?」


「こんなフランクな神居ないよ。でもまぁ関わった人が碌な目にあって合ってないから疫病神かもね......」



 俺はルークの事や過去の事を思い出して少し落ち込んだ━━。



「そ、そんなシュンとした顔するな......! 今君は最上位回復魔法でも不可能な事をしたんだぞ? それに加えてあの強さ......最早神の領域だ。一体何をしたらそのような強さが......」


「そりゃ毎朝早起きして犬とビーチを散歩してるからさ」


「茶化すなっ! 犬など居ないではないか......まあいい、君に聞きたいことは山ほどある。なぜさっき私を完全に殺さなかった? 勇兵団は任務に失敗すれば即刻死刑という掟なのだから無意味だというのに━━」


「そんな幼稚園の仲良しルールなんて俺は知らないよ。それより首を斬る寸前に仇がどうたらって言ってたから気になってね......ちょっと調べさせてもらったんだ」


「調べるってどうやって......?」



 俺は疑問に答えるために彼女の刎ねた首を手に持ち━━、



「こうやってね」



 グシュッ......!



 彼女の頭蓋骨に指を差し込み引き抜いた。


 頭部に残っていた血液が刺した指に滴る━━。



「なっ......なにを......!」


「これで貴女の脳から記憶を読み取ったんだよ。本当は首を刎ねなくても良かったんだけど直に指を刺すのは痛いと思ってね━━」


「うぉぇぇぇっ......! き、君はよく平気でいられるな......。とにかくその方法で君は私の過去を見たということか━━」


「ああ。あなたは魔物とされるモノに昔お母さんを殺されたんだね」


「そう......私と母は2人で暮らしていた、あの夜に母が殺される前までは......。私は母を殺した赤い眼の魔物を探して仇を討つため勇兵団に入ったのだ━━」


「そっか......一つ聞いて良い?」


「なんだ?」


「君って強気な口調だけどお母さんの事はママって呼ぶんだね」



 パトラの顔は髪の毛と同様にみるみる赤くなる━━。



「う、うるさい! そこに引っ掛かるなぁぁっ......!」


「冗談冗談。それよりそこに転がってる俺の首を持って帰れば任務は成功したって報告できるよね?」


「なっ......! 確かに出来るが街の住人にはどうやって誤魔化すんだ?」


「それについては大丈夫。みんなの記憶を創り変えるからなんとかなるさ」


「それって......洗脳スキル的なものか?」


「まあそんなとこ......」


「君は本当にいろいろなモノを扱えるんだな」


「......。それより勇兵団の本部に帰った後にもし命を狙われる予感がしたら火魔法で空に合図してくれ」


「え? ああ、分かった」


「よし、それじゃ倒れたあなたの連れの所に行こう。彼女に聞きたい事がある」



 パトラと俺は集会所に戻ると住人の1人が慌ててパトラに駆け寄って来た━━。



「パトラ様大変です! あなたのお連れの方が......!」


「何があった!!」



 急いでルークの妻アンナの元へ向かう━━。



「これは......どういう事だ......」

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