第4話 希望から絶望の連鎖
母さんが僕の元からいなくなって6年が経った。
その間僕はリーゼ姉ちゃんの家で暮らしながら仕事に行き帰ってきたら家の手伝いをする毎日を繰り返していた。
今までは母と2人で夕飯を食べたりしていたが今は4人で食べている。2人で食べるご飯も悪くはなかったが人が多いと賑やかになるのは当たり前でその賑やかさのおかげで少しずつ母がいなくなったショックから立ち直っていった。
「フェル...おはようのチューは?」
先に起きていた彼女はパジャマから着替え終わっており僕が昔あげた青いペンダントが光っていた。
「うん、おはよう。今日もつけてくれているんだねそれ」
チュッ...
「当たり前でしょ? 大切な人から貰ったモノだもん、今日もかっこいいよフェル。大好き」
「えへへ...ありがとう。僕も大好きだよリーゼ」
リーゼ姉ちゃん...いやリーゼとは現在恋人の関係になっている。
今から1年前の14歳を迎えた年に僕は職場で仕事の成果を認められ昇進することができた。
多くの仕事の内容としては街の修繕や近くに出たモンスターの退治を行うものだ。
体も大きくなり体力もついたおかげであの頃とは比べ物にならないほど強くなったと思う。
そのおかけで自分に自信がつきリーゼを支えられると思った僕はリーゼに告白をする。
「リーゼ、僕は君のことが好きだ。母がいなくなったあの日愛情いっぱい抱きしめてくれたこと、夜悪夢にうなされる僕のそばにずっといてくれたこと、喧嘩する時もあったけど君は僕にとってとても大切な存在なんだ。だからリーゼが良かったら僕と付き合ってほしい」
震えた声で僕は人生で一番の勇気を振り絞った。
それに対してリーゼは優しく微笑み口を開いた。
「ふふ...もっと前に告白してくれも良かったのに。私は昔の小さくて可愛いフェルの時からずっと好きだったんだよ?」
「ほんと!? ほんとにほんと!?」
「ほんとにほんとだよ! これからよろしくお願いします」
「や、やったあああああ!」
嬉しくなった僕はその場で思わず叫んだ。
この後リーゼのご両親に付き合うことになった報告をしたらとても喜んでくれた。
リーゼのお母さんに至ってはもう付き合ってると思ってたらしい。
そして恋人の関係が続き今日運命の日を迎えた。
「フェル、今日も行くの?」
「うん! 体が鈍っちゃうからね。そうそう今日の夕方例の場所に来てほしいんだけどいいかな?」
「例の場所? あそこね分かった」
「うん! じゃあ行ってきます!」
勇者に身も心もボコボコにされたあの日から僕は毎日体を鍛えている。
全ては大切なものを誰にも奪われないためだ。
剣術体術魔術の全てを独学で覚え日々トレーニングに励む。
勇者があの日見せた冷酷な笑顔を思い出しながら一心不乱に今日も剣を振るう。
「よし、準備運動完了。今日はあの岩だ」
剣を構え10mほど高さのある大岩に対峙する
「集中...」
スパッ!....ズゴゴゴッ!...
僕が剣を振るったと同時に岩は真っ二つに割れて地面を揺らしながら倒れた
「ついにあの岩を斬ることができた。次は攻撃魔法...アイツは...」
ガルルルルルル....
僕の目の前に現れたのは昔僕の腕を噛んだ犬型魔獣のデッドハウンドだった。
但しコイツは昔噛んだヤツよりもサイズがだいぶ大きく迫力もあの時とは比べ物にならないモノだった。
そもそもデッドハウンドとは街のギルド内でも厄介な魔物とされておりサイズによっては確かな腕を持った冒険者パーティでやっと1体倒せる程の強さを持った魔物である。
それでも僕はなんの恐怖感も無く対峙する事が出来ている事に成長を感じた
「よし...あの時のリベンジをしてやるよ。光の精霊よ我に切断の力を! シャイニングブレード!」
掲げた右腕に光の粒子が集まっていき一つの巨大な剣の形が出来上がる。
「はぁぁぁっ!」
「ガルルルル....ヴォォォッ!」
獣の咆哮をあげて襲いかかるデッドハウンド向けて右腕を一気に振り下ろす。
振り下ろした光の剣はデッドハウンドが覆っている硬い獣毛を一気に貫通し肉を焼き切りながら首と胴体を真っ二つに切り裂く。
かつて獲物を見る目で僕に襲いかかってきた獣は地面に血を撒き散らした屍となって目の前に倒れていた
「ふぅ...まあ上々かな」
今の僕はそこらの大人よりは強いと思うがそれでも魔王と対峙できるほどのスキルと戦闘力を持った勇者にはまだまだ及ばないと思う。
だがあの日の勇者と母さんのゴミを見るような顔を思い出すと怒りと憎しみで不思議と力が湧いてくるが今日これからする事を考えてその感情を振り払った。
「さて例のものを取りに行かないと」
デッドハウンドを倒し一汗かいた服を着替えて夕日に染まる山を降りる。
今日はあのリーゼにプロポーズをする日なのだ。
予約していたアクセサリーショップに足早で向かう
「母さんへのプレゼントもここで買ったんだっけ...懐かしいな」
そう呟き店内へ入るとこちらに気がついた店員さんは小さな箱を奥から持ってきてくれた。
中にはリーゼに渡す為の婚約指輪が入っている
「ありがとうございます。とても綺麗ですね」
青く輝く宝石が中央に配置された指輪に思わず僕は見惚れる。
「きっとリーゼさんにお似合いになると思いますよ」
「ありがとうございます。では行ってきます」
「はい、お二人に幸多き事を」
店員さんの言葉を背に僕はリーゼと待ち合わせた場所へ向かった
* * *
「リーゼ遅いな...何かあったのかな?」
例の場所でリーゼを待っていたがあたりはすっかり暗くなっていた。
例の場所とは僕がリーゼと初めて出会った場所で街を一望できる小さな展望台だった。
当時幼かった僕は母さんと喧嘩をして家を飛び出してあてもなく歩いていた時、道に迷ってたどり着いた場所がここだった。
帰る場所がわからず泣いていると女の子が声を掛けてくれた。
彼女はいつまでもメソメソ泣いている僕に優しい声で「一緒に帰ろう」と言って僕の手を取って一緒に街に向かって歩いたんだっけ......。
そんな事を思い出しながらリーゼが来るのを待ち続けた。
「誰か来る...リーゼかな?」
期待に胸を膨らませながら足音が聞こえる方へ目を向けるとリーゼがこちらに向かって歩いてきた
「リーゼ! 待っていたよ!」
「フェル...」
目の前に映るリーゼは細いウエストと大きなバストが強調されたワインレッドのドレスを着ており、いつもとはまた違った妖艶な姿で髪を靡かせていた。
だが今日朝に会話を交わした時とは明らかにリーゼの様子が違っていた。
「今日は大事な話がって呼び出したんだ...」
僕は今人生で一番緊張していて唇が歯にくっつきそうだったがそれを抑えて言葉を発した
「リーゼ。僕と結婚してください」
「ふっ...あはははは! 無理に決まってるじゃん」
リーゼから発せられた言葉は僕にとって予想外のものだった。
「え......どうして?」
リーゼは氷のような表情で口を開く
「あのね、アンタみたいにいつもウジウジして親もいない人間に私が嫁ぐとでも? 私の旦那様は最初から...勇者様に決まってるんだから」
「そんな...どういうこと...」
「私がアンタに優しくしてたのは勇者様に命じられたから。勇者様がこの街を出て行った日に言われたのよ、隣の少年を世話したら何年か後に妻として迎えに来るって」
リーゼが発する言葉に耳を疑った。
今まで僕に優しくしてくれていたのは全て演技?
僕はまた勇者の手のひらで踊らされていたってこと?
母がいなくなった日に言ってくれた言葉も全部全部偽りだったってこと?
告白したらOKしてくれたのも全て勇者の思惑ってこと?
「だからアンタとは結婚なんてできない。私の身体も心も全て勇者様のためのもの......そして今日が妻になるその日」
「そんな....嘘だと言ってくれよリーゼ! 僕は...僕は君に支えられてここまで来れたんだ! 冗談でもそんなこと言わないでくれよ...」
今までの思い出が蘇り涙が溢れる
「知らないわよ! いちいち泣かないでもらっていい!? そういう所ホント気持ち悪い! だから勇者様はアンタを虐めたくなったんだよ...」
「イジメだって....?」
「アンタ弱いくせに勇者様に歯向かったそうじゃない。それがムカついて罰を与えたくなったんだって」
歯向かった....母を奪われたあの日のことだろう。
結局僕はまたあの勇者に大切な人を奪われたんだ。
そうか...もう僕には何も無いんだ...負けないために鍛えた身体も何もかも無意味だった。
そもそも守るものなんて最初から無かったんだ。
「......リーゼの気持ちはよく分かった。僕は今夜限りで君の家を出ていってこの街からも去るよ」
「ううん、出ていく必要はないよ。アンタはココで死ぬんだから」
「は? 何を言って...」
そう言った途端リーゼは僕の首を物凄い力で掴み展望台の端へ僕を押していく
「やめ...やめてよリーゼ! なんでこんな...ことを...」
リーゼの手を振り払おうにも力に抗えない
彼女の手は黒いオーラに覆われており普通の女性ではあり得ないほどの怪力で僕の首を締め続ける。
そして僕の首根っこを掴んだまま宙に浮かせ展望台の足場が無いところまで引っ張り上げる
「かはっ....息が...やめ...ろ」
「あははは! 滑稽ね! 勇者様にもこの姿を見せたかったわ。このまま私が手を離したらあなたは崖に真っ逆さまね」
今まで見たことない表情と行動に僕は手も足も出ずにただ首のが緩むのを待つしかなかった。
「大好だった私に殺される気分はどう? そうだ、こんなゴミのペンダントもアンタと一緒に捨ててあげるわ。あなたのお母さんにとっても私にとってもアンタなんて無に等しい人間だったって証拠にね」
リーゼは首に下げていたペンダントを引きちぎり左手で崖へ放り投げた。
その姿に僕はもうリーゼは僕の知ってるリーゼじゃないと絶望した。
「最後に良いこと教えてあげる。あなたは死をもって勇者様の力の一部になるのよ。さようなら......無意味で無価値なフェル」
リーゼの手が黒いオーラが消えると同時に締められていた力が緩み僕の首から手が離れ崖の下へ真っ逆さまに落ちていく
「うわぁぁぁぁ! リーゼぇぇぇぇっ!」
僕が意識を失う直前に映ったのは無表情でこちらを見つめ何故か片目から涙を溢しているリーゼだった
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